「届いて.....」
星雲がぐるぐると回り出したところで目が覚めた。
結局一睡もできなかった。
重たい頭をやじろべえのように振りながらキッチンに行く。生の食パンにかぶりついてパソコンを立ち上げた。メールボックスをクリックする前に深呼吸。
心臓がやけに早く鳴り出して手が震えてきた。
ああどうせ分かっている。
メールアイコンに赤い通知マークがない時点でもう分かりきっている。
分かっているくせにソワソワと腹の底が落ち着かない。落胆を確認するまでそれは収まらない。
覚悟を決めてクリックした。
少しのロードの後、昨日と変わらない画面。
新着メールはなし。
私はため息をつき、半分も食べていなかった食パンを丸めて口に詰め込んだ。
"ボーカル公開オーディション"
希望通りの会社に入社して、ある程度仕事に慣れてきた時に、どうしてその広告が気になったのか分からない。
昔から歌うことが好きだった。
人前で歌うチャンスはなかったけれど、ずっと歌手という存在に憧れていた。
けれど自分の才能を信じきれず、もともとの性格も歌手という職業に向いてるわけがないと言い聞かせて就職した。
今さらだろう。
会社や仕事に不満があるわけでもない。
もう夢を見る年齢じゃない。
冷静に考えてもこのまま会社員として金を稼いでいく方が安定で賢いに決まってる。
本当に軽い気持ちのつもりだった。
なんかの話のネタになればいいかな、なんて。
本気で歌手になりたいわけじゃない。けれど力試しをしたって罰は当たらないだろう。
けれど実際に会場に行きマイクの前に立った時、これからの可能性を見てしまったのだ。
大きなステージで応援され、誰かを感動させている自分の姿を。
自分の声で誰かを喜ばせたり、熱狂させたりできる可能性を。
あの日消したはずの火がチロチロと燃え上がり始めた。やっぱり歌いたい。歌で生きていきたい。
同時に少し胸が痛んだ。
安定した生活を掴み始めたこの時にどうして、また火がついてしまったのだろう。
オーディションは一次を突破。しかし二次の結果がいくら待っても来ない。
夢を一度諦めた人にはもう運は回ってこないのか。
それともやはり歌手には向いてなかったのか。
時間が経てば経つほど火は大きく燃え上がる。
そりゃそうだよな。夢を諦めずに挑戦し続けた人が報われるべきだ。一度諦めた敗者はさっさと退場しろということなのかもしれない。
しかし再燃した夢の炎はなかなか消えてくれない。
毎日メールボックスを確認してため息をつく繰り返し。
頼む。届いていてくれ。
ただの炎だけで届かない夢に手を伸ばす。
さっさとこの炎を消したい。けれどまだ消したくない。
どっちつかずの風で炎を揺らし今日も出勤する。
7/10/2025, 11:55:31 AM