ミミッキュ

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"冬は一緒に"

 脇の下に挟んでいる体温計から電子音が鳴り響く。
 鳴り響いたと同時に手を差し出してきて『渡せ』とでも言いそうな顔を向けてくる。その圧に押され、液晶画面を見る事なくその手の平の上に体温計を置くと、手に取って顔の前に持っていき、液晶画面に表示された数字を見る。
 身体の不快感は消え、喉の痛みも熱っぽさも無い。
 熱を出した次の日の朝、咳は出なくなったが痛みは少し残っていて、熱もあまり下がらなかった。
 いつも通り立って歩いて動けるからいいだろうと思っていたし「もう平気だ」と言ったが、俺の思いなど見透かされていた。凄まれてしまい、結局もう一日休む事になってしまった。
 そんな日の、日が地平線に半分くらい吸い込まれた頃。「今日の夕方以降は空いている」と、飛彩が俺の看病に来た。
 そして来て早々体温を測るように言われ、今に至る。
「で?どうなんだよ?熱は」
 そう聞いて言葉を促す。
 これでも内心は結構バクバクなのだ。俺以外の奴らは普通の医師も兼任している。湿度が下がり始めて日も浅い今の季節は医師の業務の方が大変だと言うのに、俺が風邪で倒れたせいで要らない心配をさせて挙句に看病までさせてしまった。
 早く復帰して、少しでも借りを返さなければ。
 少し身構えていると、飛彩の口がゆっくり開かれる。
「……三六度六分。平熱だ」
「そうか。あぁーっ、やっと動ける」
 身体を伸ばしてベッドから立ち上がる。
「だが、病み上がりなのだから明日もう一日休め」
 ぴしゃりと言い放たれる。
「……んな事言ってられっかよ。体が鈍る」
「駄目だ。普通の風邪だったとはいえ二日も寝込んでた病人だ。インフルエンザを貰ったら、もっと休む事になるぞ」
「っ……」
 何か言い返そうと口を開くが何も出てこず、息を詰まらせて口を噤んで渋々「分かった」と返す。
 返事を聞くと「分かればいい」と体温計の電源を切ってサイドテーブルの上に置く。
 ふと窓の外に目をやる。
 雪がこの前よりも多く降ってきており、風で窓がカタカタと窓が揺れていた。
「このまま泊まってけ」
 飛彩に目を向けて言い放つ。
「しかし……」
 断ろうとする飛彩に「ん」と親指で窓の外を差して、外を見るようジェスチャーをする。
「あ……」
「泊まりはしなくても、そろそろ晩飯の時間だからせめて食ってけ」
「……分かった」
「つっても、準備してねぇから簡単なもんしか出せねぇけど」
「手伝おう」
 その言葉を聞いて「勝手にしろ」と言って背を向ける。
 数歩歩いて、廊下まで一歩手前のところで足を止める。
「どうした?」
「……あ、のよ」
 ふと今思った事を言おうと立ち止まって切り出そうと口を開いて切り出すが、途端に恥ずかしくなって言おうか言うまいか迷い口篭ってしまう。
「何だ?」
 誤魔化そうと『何でもねぇ』と口に出す前に一言で遮られ、その上続きの言葉を促された。
 言うしかないのか。
 自分を鼓舞するように胸元のシャツを掴む。
 振り絞って、胸中の言葉を紡ぐ。
「……今まで、一度も泊まる事、なかった、だろ。だからっ……こ、こんな外になる冬ぐらい、は……一緒に過ごしたい、とか……」
 たどたどしくも言う事ができた。だがすぐに「お前は帰れなくて大変なのに不謹慎だろ」と、まるでこんな自分を否定してほしいような言葉を付け足す。
「……それならそうと言え。全く、素直じゃない」
 飛彩がそう言って、俺の肩を優しく叩く。
「……てめぇも人の事言えねぇだろうが。それで何回面倒臭い事になったと思ってる」
「確かに、お前のその性格を偉そうに指摘はできない」
 そう言って少し笑ってみせると、「早く作りに行くぞ」と背を押され、退室を促される。
 まだ少し不満が残っているが、お腹が空き始めたので仕方なく不満の言葉を飲み込んで、台所に向かった。
 

12/18/2023, 1:50:03 PM