よあけ。

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仲間になれなくて


部室で皆既月食を見ていた気がする。その時、同性で一個上の、名前が素敵な先輩も一緒にいたかな。なんとなくその先輩が窓から少し身を乗り出して写真を撮っていた記憶がある。その背中を、多分何かを思って見ていた。結局覚えてるのは「好きだな」って感覚だけ。なんで好だったんだっけ。いつからだっけ。少人数の部活だったから、姿とかは見ていたけど、特に関わったりはなかった。真面目で精一杯ボーンを吹いていた姿が好きなんだったっけ。それとも、ボーンの音色が好きなんだったっけ。分かんない。

一回だけ遊びに行った。

好きなアニメとかのジャンルの話になって「あー、もしかしたらツバキさんは苦手かもしれない」って前置きしてから教えてくれたんだよね。実際確かに苦手な絵柄で、言い当てられたことが衝撃的だった。「なんで分かったの」って訊いたら「缶バッジ、△△……? だよね。付けてたよね。△△みたいな、綺麗系好きな人はこの絵柄苦手な人多いから」って。それで、あ、この人は周りをよく見て考える人だ、と思った。やっぱり私の目に狂いはなかったって、私はこの人のことそりゃ好きだろうなって思った。それから、そりゃ、そりゃ先輩、体調よく崩すだろうなぁって。

お店の人とのやり取り一つとってもしっかりして見えたし、歯切れのよい喋り方をする。私が「あんまり得意じゃなくてさぁ……●●なのにねっ」って自嘲したら「そうかな。そういう人もいるよ。●●より■が得意な人もいるし。ツバキさんは●●の人じゃなくて▲の人……って聞いたけど……そうだよね。●●じゃなくても、▲もいいと思う」って言われた。あまりにもハッキリと言われたものだから、不意を突かれて戸惑ってしまった。誤魔化す様に「あれ、いつ▲って言ったっけ」と訊くと「さっきのとき言ってなかったっけ」と言うから回想した。それは私がポロッとこぼしただけの言葉だった。先輩はきっと、いろんな細々した情報をたくさんインプットして記憶していたんだと思う。私が人の話を覚えてなさすぎるだけかもしれないけど。なんにせよそれって、すごく大変なことで、エネルギーを使うことで、ほんとぶっちゃけ生きづらいだろうなぁ。脳のリソースを割きまくってるわけじゃないか。そりゃしんどいよ、足りないよ、体調崩しやすいよ。

「朝起きられないよね」って話を二人でしてた。先輩は「起きたらずっと窓見てる」って言うのね。「分かる、私も虚無ってる」って返した気がする。そしたら「起きてから一時間はぼーっとする時間がいるよ」って言うから、どうかこの人の朝の時間が穏やかであればいいのにって思ってた。

電車に揺られながらいろんな話をした。「○○が好きなんだよね?」って訊かれたなぁ。あの人は一体どれだけの情報を頭の中に抱えて、それを適切な場所で出して――ってやっていたんだろう。

「大正ロマンっぽいのが好きなんだよね」って話もしてくれた。写真も見せてくれた。丁度それっぽい写真を撮っていたから「こんな感じ? ちょっと下手だけど……」って見せたら興味津々に覗き込んでた。

「上手くないって言ってたけど良い写真撮るやん。さっきの面白かった」とも褒めてくれた。人の心を掬い上げるのが上手な人だった。一緒にいると息がしやすくて、太陽の光がいつもよりきらきら繊細に輝いて見えた。ということは、私は今、この人を搾取してるんだろうな、と脳裏を過ぎって心臓がぐちゃりと潰れそうだった。気分を良くしてもらってばかりだった。そう感じるくらいには、私は心から楽しいと思っていた。

二人でベンチに座ってソフトクリームを食べながら、飛行機雲が描かれていくのを眺めていた。私が「子供の頃、飛行機に乗った時なんだけどね、窓の下を眺めたら海が広がってて、でも白いモクモクしたものが浮かんでたから大困惑した。海だと思ってたものは空で、白いモコモコは雲だった」って話をしたら笑ってくれた。

「一緒に写真撮ろう」って誘ってくれたから二人で撮った。私は写真に写るのが嫌いだ。でも嫌じゃなかった。「嫌じゃなければ」って言われたから。嫌じゃないよ、嫌じゃない。確かミッフィーのオブジェがあった。保存していたスマホを水没させてしまったから、その写真は今や幻。それでもどんな写真だったか思い出せるよ。

二人で歩いていた。マップを見ていたけど分からず唸っていたら「あ、道分かるから、案内する」って言ってくれた。「そうなの?」って訊いた時の「うん」って返事の仕方が今でも小さな魚の骨みたいになって刺さってる。真っ直ぐ前を歩く先輩は何を考えていたのかな。

クレープを食べた。初めてアボカドが入ってるクレープを食べた。美味しかった。「クレープ」って、ベタだなぁ。

「全然知らん場所だ〜!」と感動していたら「ここ、いつも散歩する場所やわ。なんか見覚えあると思った」と先輩がはにかむ。「え!家近!」「30分くらいで家」「家遠!」って笑ってた。深夜徘徊に最近ハマってるって話をしてくれた。

別れ際に手を握って「楽しかった……!また遊ぼうね!」って言った。ゆるく握り返してくれた気がする。気がするだけの願望だったらどうしよう。

ずっと話していた。「家近いから歩いて帰るわ!」って言ってたけど、帰り道、どんな気持ちで歩いてたのかな。

どこかへ行くか行かないかって話のときに「ツバキさんが行くなら行こうかな」って言ってくれたことも覚えてる。

先輩だったけど、下の名前で呼ばせてくれた。だから名前にちゃんを付けて呼んでいた。好きな名前だった。この口で発音できることがなにより嬉しかった。あなたが纏う真っ直ぐなものが好きだった。

なんでさ、ちゃんとありがとうって気持ちを伝えないといけない人に限って、もう言えないような、手遅れな関係になっちゃうんだろう。とにかく伝えときたいことがある人には早くちゃんと言わなきゃ。ちゃんとありがとうって言わなきゃならないってことに気づくのが遅れた。それに気づけなかったのは私の愚かさだ。

元気にしてるかな、してたらいいな。先輩は転校しちゃって、それきりだから。

9/8/2025, 4:46:59 PM