『明日、もし晴れたら』
「明日晴れたら、ピクニックに行こうか。」
「ふふ、素敵ね。湖畔の公園がいいな、私。」
彼女とそんな会話をした翌日は、大抵雨。生粋の雨男の俺は、小さい頃から楽しみにしていた日にはほとんど必ず雨が降った。分厚い雲と降り頻る雨を睨め付けたことは数知れず。傘に合羽に折り畳み。家にはやたらと雨具が充実している。
そんな俺と彼女のデートは、当然のごとく雨ばかりだった。毎回、次こそはと目覚めた朝、カーテンを開けた瞬間の失望。ベッドにいても雨音が聞こえてくる日だって、そう珍しくもない。
「ごめんな、毎回こんな天気で。」
いい加減げんなりしている俺に、彼女は楽しそうに笑うのだ。
「私はうれしいよ。だって、それだけ楽しみにしてくれてるんでしょう?」
そう言ってお気に入りの傘をくるくる回す彼女に、俺は心底惚れている。
…………
………
……
「ねえ、明日、楽しみ?」
「はあ?そんなの楽しみに決まって___ああいや、違う!全然、少しも、全く楽しみじゃない!」
「あはははっ!」
誰かに言い訳するみたいに慌ててそう叫ぶ俺に、彼女はこれ以上ないほど楽しそうに笑い転げた。
「笑うなよ。」
「だっておかしいんだもの。そんなにムキになって。」
ざっと数分は笑っていた彼女の目尻には、うっすらと涙すら滲んでいる。どうやらツボに入ったらしい。
「だって、嫌だろう?結婚式まで雨なんて。」
「私は雨でも気にしないよ。」
彼女はそう言って楽しそうに笑う。でも俺は知っている。まだ学生だった頃の彼女が、『憧れはガーデンパーティーなの。』って、友達に話していたことを。俺との結婚式にガーデンパーティーはあまりにリスクが高いことは明白だったから、結婚式の打ち合わせでも、彼女は一言だって言わなかった。
「ごめんな……ガーデンパーティーがしたいって言ってたのに。」
俺が雨男じゃなかったら…なんて、嫌でも考えてしまう。
「ええ?私そんなこと言ってたっけ。」
「言ってた。高校生の時、まだ付き合う前だけど。」
「そんなに前のことまで覚えてくれてたの?うれしい。」
「そりゃ、あの時から好きだったから。俺のせいでごめんな。」
「謝らないで。間違いなくあなたのせいじゃないし、それに私、ほんとに全然気にしてないの。だって、キャンドルサービスができるんだもの。これは室内じゃなきゃ出来ないのよ?」
いたずらっぽく笑って俺の顔を覗き込む彼女が、もう途方もなく愛おしくなって、俺は彼女を抱き込むように腕の中に捕まえた。彼女は「きゃあ!」と楽しそうに悲鳴をあげて、俺の腕の中に収まる。
「もう、まだ続きがあったのに。」
「続き?」
「雨でも気にしない理由!」
「ふふ、うん。聞かせてよ。」
「明日が雨でも晴れでも___」
彼女は一度言葉を切って、俺の目をまっすぐに見つめた。まるくゆるんだ瞳が愛しい。
それから、ちょっと照れたみたいにはにかんで、
「___あなたとなら、なんだって幸せだから。」
そう言って頬を淡く色付ける彼女に、俺は明日の天気を諦めた。
「……明日はきっと土砂降りだ。」
「ふふ、そうね。」
「ウェルカムスピーチの練習でもしておこう。始まりは『お足元が悪い中__』だ。」
8/2/2023, 2:53:26 AM