いつもの帰り道、いつもの交差点。
いつもの信号につかまる。隣を見ると夕陽に照らされたキミがいつものように穏やかな顔して立っている。
全て、いつも通りの日常。
なのに突然不安になった。
いつもと変わらずキミが隣りにいること。
果たしてそれはこの先も約束されてることなのだろうか。
信号はまだ変わらない。僕は隣のキミの肩を抱いた。歩行者は他にも沢山いるというのに。構うことなくキミの体を引き寄せた。
「わっ。どしたの」
「何でもないよ」
「何でもなきゃ、こんなこといきなりしないでしょ」
「……別に。何でもないんだ、ただちょっと考え事してて嫌になっちゃっただけ」
「どんな?」
「キミがこうして僕の隣にいることは、当たり前じゃないから」
「……なにそれ」
訝しげな顔をされた。彼女はしっかりと僕に向き直って、僕の額に手を当てる。別に熱なんかない。
「じゃ、変な宗教にでもつかまった?」
「そんなんじゃ、ないよ」
そんなんじゃないけど、不意に不安に襲われる時ってあるでしょ。そう言ったけど、彼女はいまいち分からないという反応を見せる。キミは生きてる上で悩むことがないのか。羨ましいな。
「この瞬間は、永遠じゃない。言い換えるならば、この幸せな時間は永遠に戻らない」
何を詩人みたいなことを言ってるんだと自分でも思った。けど彼女は笑わなかった。真剣な目で僕を見つめ返してくる。もうとっくに信号は青になっていて、立ち止まっているのは僕らだけだった。
「永遠じゃないから、幸せなのよ」
「……どういう意味?」
「楽しいことがずっとずっと続いたらそれは当たり前になるの。嬉しいことが突然起こったら幸せ。何回か連続したらラッキー。それ以上続いちゃったら、感動しなくなっちゃうでしょ?」
だからいーの、永遠に続かなくて。
彼女の持論を聞いたけど、僕はあまり納得できなかった。
「じゃあ、キミと一緒にいられることは幸せなことだから長く続かない、って言うの?」
「……あのさ、ほんとに何かあった?幸せって、あたしたちのこと、考えてたの?」
「そうだよ」
「なんで?なんか嫌な思いさせた?あたし」
「違うよそういうんじゃない。ただ不意に思っただけだよ、幸せなことっていつまで続くのかなぁって」
「ハアァァァーーー……。えいっ」
「んぐっ」
大きな大きな溜息を吐いたかと思うと、彼女は僕の首根っこに抱きついてきた。それはなかなかの勢いで首が締まるかと思った。
「もーそんなこと考えてたの?くだらない。そんなことに脳みそ使わないの。禿げるよ」
「くだらないなんて……そんなふうに思わないでよ」
「あたしはね、今が楽しければそれで良いの。いつまでも、とか永遠に、とか考えない。未来ばっか想像したってどうせ見えないんだから無駄でしょが。だったら今を楽しむのっ」
「あいだっ」
最後に強めのデコピンをお見舞いされる。彼女は僕から離れて1人で先に横断歩道を渡りだした。
「ほらっ、置いてっちゃうよー」
「待って――――」
信号は点滅しかけていた。僕は慌てて走り出す。彼女が向こうで両手を広げて待っている。人目も気にせず、その小さな体に抱きついた。
夕陽が綺麗だ。
いつもどおりの景色。
いつもどおりの彼女からする柔軟剤の匂い。
今日も1日が平和だった。
それは明日も約束されているのか。
明日も彼女は僕に笑ってくれるのか。
時々そうやって不安になるけど、そんなことを考えるのはもうやめた。
今が楽しい。今日が幸せ。
なら、明日だって絶対幸せに決まってるんだ。
11/2/2023, 8:50:42 AM