六月

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ー月経に対する、直接的な表現があります。自己判断のもと、読んでいただきたいです。


私の体から、臓器から血が出ている。体の発達にしたがって、頭や腹に重く鈍い痛みが増している。

私は、女の人生で苦痛と不快感しか生まないであろう月経があまり嫌ではなかった。初潮がきた時は、自分の体が女である事実を身をもって感じ、安堵の心持ちで血を迎え入れた。最近になるまでは血が出る不快感を除けば、私にとっての害はなく、便器に垂れる鮮血が、マーブリングのように水に滲む様に美しさを見出すまでにいたった。だけれども、月を重ねるほどに強くなる鈍痛が身を襲った。子宮、排泄口、腰、頭。それでも生活はやってくる。

今日すれ違った女性の中で、何人の人が血を流しながら歩いていたのだろう。今日同じ空間にいた女性の中で、何人の人が血を流しながら座っていたのだろう。皆んな、普通の顔をして過ごしている。痛みと不快感を知られまいと何食わぬ顔をして過ごしている。これが女の生活なのである。

ナプキンを替えようとトイレで下着を下げると、女性の成熟の証である、真っ赤に染まった綿が、まるで、まだ躾のなっていない性器から出る糞尿を溜めるオシメのようであった。傷口の血を多量に吸い取ったガーゼを、ナースが医療措置として、新しく清潔な真っ白いガーゼに取り替えるような、はたまた愛しい我が子が汚したオシメを替えて大事なものの世話を焼くような、そんなことが頭に浮かんだ。ナプキンを取り替えるのは、不健康であるからなのか、それとも自分に愛を持って接する行為なのか。私は女の体を愛しているし、女でないと経験できない自分の血との交わり、触れ合いを幸福に生きている。いつか遠い将来に閉経したとしても、その血との関わり合いはずっと覚えているだろう。
幸福と嫌悪と共に。

(これからも、ずっと)

4/10/2026, 1:50:39 PM