真岡 入雲

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「一人娘だったの」

そう呟いて、女性は淡いピンク色のスイートピーを花立てに挿した。
かすみ草とスイートピー、それに黄色のガーベラをバランス良く整えていく。
スイートピーと同じ色の洋型の墓石には、家名ではなくただ一文『ありがとう』の文字。
墓石を縁取るように掘られているのは桜の花。
ロウソクに火をつけ、濃い桃色の線香を火に近付けると辺りに桜の香りが拡がった。
女性は静かに手を合わせる。
私も隣に並び手を合わせた。

女性の娘さんは高校2年生、17歳の時に交通事故にあい、帰らぬ人となった。
学校の帰り道、前方不注意の車に後ろから追突されて、ほぼ即死状態だったと言う。
不妊治療の末に授かった一人娘で、大きな怪我や病気もなく元気に育ち、友達も多く、休日には両親と共に買い物に出かけたり、映画を観に行ったりしていた親孝行な娘さん。
高校に自転車で通うとなった時、保険に加入した。
本人が怪我した場合ではなく、誰かを怪我させた場合を想定して。
車の運転手は裁判で悪びれもなく言ったそう。
『スマホを取ろうとしていたんだ、仕方がないだろう』
仕方がない?なんだそれは。
聞いているだけの私でも頭にくると言うのに、この女性の気持ちを考えると更に怒りが募る。
が、女性の続く言葉に自分の浅はかさを知った。

「裁判官の方もね、怒ってくださったの。でもね、そんなのどうでも良かったのよ。だって娘は戻らないもの」

女性は儚く笑う。
その事実を受け入れるのに、どれだけの時間を要した事か。

「ここにお墓を買うって決めて、この近くにマンションも買ったの。いまでもお友達の方が来てくれて。いい子達なのよ」

娘さんの保険金は、お墓と度々訪ねて来てくれるお友達へのおもてなしのために使うと決めているのだという。
娘さんのために貯めていたお金は、娘さんのお墓の近くにいるために買ったマンションになったと笑う。
用事がなければ女性は毎日墓へ来て、娘さんと会話する。

「ふぅ、長居しちゃったわ。お仕事の邪魔じゃなかった?」
「いいえ、大丈夫です」

立ち上がった女性に合わせ、私も椅子から立ち上がる。
平日の管理人の仕事はそれほど多くはない。
それじゃぁ、と言い残し女性は駅へ向かって歩いていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送って、私は休憩室に戻る。
机に置かれた湯のみを片付け、ガラス張りの扉の向こう側、整然と並ぶ墓石を見る。

『仕事はね、難しいことはないよ。掃除をしながら見回り。枯れた花は回収して、墓石に異常がないか確認する。これを大体、一日三回から四回。お供え物は夕方に必ず回収すること。鴉や猫に荒らされるからね。あとは法事の準備などだけど、これは実際やってみればわかりやすいかな。難しくはないから。それから一番大事なのは、お客さんの話を聞くこと。掃除よりも、こっちの方を優先してね』

仕事を教わるとき、そう伝えられた。
初めは何故なのかよく分からなかったが、今なら理解できる。
ここには色んな人の色んな人生が詰まっている。
時間は悲しみを癒すのに必要なものだけれど、残された人にはまだこの先も人生が続く。
無くした人との思い出を、心の中で整理して、人に話すことで哀しみを昇華させる。
私はそのお手伝いをしている。

その人の人生に、直接関係のない人間だから。
故人のことを何も知らない他人だから。
けれど、全く関係のない人間では無いから。
適度に他人で、適度な関係者。
だから、話しやすい。

あなたが顔を上げ明日を生きるために必要ならば、私が話を聞きましょう。
あなたが未来で出会う誰かのためになるならば、私が涙を流しましょう。
あなたが過去に囚われそうならば、私が手を握りましょう。

「こんにちは、いい天気ですね」

私は今日もお客さんに声をかける。
誰かの終わった人生と、これからの人生を見守るために。


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(´-ι_-`) 墓石は『深海』がイイ



7/27/2024, 2:35:34 AM