望月

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《裏返し》

「おや、私のブローチは焦がれるあまり貴女に染まってしまいましたか」
 そう囁くあいつの目は細められてはいるものの、随分と乾いている。
 知っている。
 嫌いだろう、憎んでいるだろう。
 女性という生き物が苦手だろう。
「あら? とうとう見境がなくなってしまったのかしら。私まで口説こうとするなんて流石ね」
 わかっている。
 振り払う手が熱くなっているのも。
 頬だって、少し赤いだろうけど。
「まぁなんて素敵な口説き文句なんでしょう。貴方の言葉一つで不快になれたわ」
「これはこれは手厳しい……相変わらず俺が嫌いだな、アニー」
「ええ。だから気安く呼ばないで頂戴、ルクシオン侯爵?」
 嘘だ。
 いつもその声で名前を呼ばれると、心臓が煩くなる。
 嬉しくて、それだけで満たされる。
「はいはい……それではアンジェラ嬢、壁で佇む貴女に是非ダンスの誘いを受けて頂きたいのですが」
「あらなんて優しいのかしらね。わざわざ私が今壁の花になっていると教えて下さるなんて」
「おっと、失礼。麗しき茨姫、宜しければ一曲踊って頂けますか?」
「……ええまぁ」
 侯爵からの誘いを、子爵令嬢が断れる筈もない。
 周りからは、彼からはそう映っただろう。
 それでいい。
 そうでなくては、彼の傍にはいられない。
「では、参りましょうか」
「えぇ、素敵にエスコートして下さいね」
「アニー、君はダンスが得意だと記憶しているんだが」
「あらご存知ですか。……何度言えばいいのかわかりませんが、二度と愛称で呼ばないで下さるかしら。エドワード」
「これは失敬……本当に君は俺が嫌いだな」
 そんなわけが、ないだろう。
「……大嫌いよ。エドワード」
 大好きに決まってるでしょう、エドワード。

8/23/2024, 9:23:20 AM