終花

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『忘れたくても忘れられない』

真っ白な浴槽にて、刃が進む感覚。
素敵なあなたの笑顔。

「最後に踊りましょう」
 ︎︎貴女はそう優しく語りかけ、軽やかに僕の手を取りました。白く柔らかなその手に誘われて、音楽も無く六畳の舞踏会。

「貴女に逢えて幸せでした」
「僕もです」
 ︎︎スカートの裾が舞い、それに負けず劣らず、貴女はお美しい。その様は、蝶のような、薔薇のような、硝子越しに見るジュエリーのようで。僕と貴女の間には間違いなく円舞曲が流れていました。

「……」
 ︎︎舞台が終われば、深い口付けの時間らしく、貴女はその真紅の口唇を艶めかしく近づける。睫毛すら触れそうな距離で、彼女は目を閉じた。

「……」
 ︎︎何度も感じたこの口唇を、僕は忘れないでしょう。彼女がいつも纏っているパルファムの甘い香り。それを忘れることはないでしょう。貴女が私に吐いた嘘。それもね。

「優しく殺してね」
 ︎︎貴女はそう耳元で囁きます。まるで天使のような、悪魔のような、女神に近いなにかの声でした。全てバレているのだ。そう思えば気が楽でした。

「そんな生温いことしませんよ」
 ︎︎睡眠薬を溶かしたワインを飲んでいた貴女は、僕の胸の中で眠りに落ちます。他の男と夜を過ごすなんて、罪だ。だから罰を与えなければ。

「おはようございます」
 ︎︎浴槽にて、貴女は目を覚ます。まるで夢を見ているかのような虚ろな眼。きっと死んだと思っているのでしょうね。

「さようなら」
 ︎︎貴女は笑顔でした。勿論僕も。きっと、二人、それは素敵な笑顔だったでしょう。一生涯で一番素敵な笑顔です。貴女のその顔が愛くるしい。


忘れたくても忘れられない。
忘れることを許さない。

貴女の赤色。

10/18/2024, 9:51:15 AM