従兄はよく失くしものをするひとだった。
鉛筆や消しゴムなら可愛いもので、小学生のうちに、二回ランドセルを失くした。
制服の上着も失くした。
定期券も失くした。
卒論の資料も失くした。
会社員になって、社用パソコンも失くしたせいで、このコロナ禍に、「おまえは在宅勤務をするな」と完全出社を言い渡された。
「どこ? どこどこどこ?」
何回玄関の鍵を替えたか、覚えていない。
しかも本人に反省の色が無いものだから、なんでこのひとと結婚したんだっけ、と我ながら呆れたものだ。
ある晩、帰りが遅いのを待っていたら、電話がかかってきた。
『みやちゃん、今、どこ?』
開口一番、心配させてと怒鳴ってやろうとしたけれど、なんだかひどく力の無い弱々しい声だから、不安な予感が過って、黙り込んでしまった。
『ここ、どこかわからなくてさ。記憶力まで失くしちゃったみたい』
なに馬鹿なこと言ってるの。迎えに行くから、と言っても。
『無理みたい。帰れないみたい』
彼は落胆に満ちた声で。
『でも、おれ、諦めないから。必ず思い出して、みやちゃんのところに帰るから』
そこで電話は切れた。
翌朝、彼は帰宅しなかったどころか、出社もせず。
その日は帰らず。
次の日も、次の日も。月が替わっても。
警察に行方不明者の届け出をしても。
彼は自分自身を失くしものにしてしまった。
泣いてなんかいられない。一人で生きていかないと。
そう決意した矢先に、体調に変化があって、産婦人科に行ったら。
「男の子ですね」
ああ、彼はわたしのところにちゃんと帰ってきたんだ。
どこ? って、神様にうちの場所を訊いたのかな。
2025/03/19 どこ?
3/19/2025, 11:16:01 AM