作家志望の高校生

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ある山奥にある、古びた小さな一軒家。昔ながらの平屋建てに、古めかしい様相をそのまま残した造りの建物だ。
そこに、ある男が一人で住んでいた。もう随分と年老いた男で、子供どころか妻さえいない。しかし、寂しくないのかと多くの者が訪ねたが、男は柔和に笑って首を振る。
決まって、
「手間のかかるのがいるもんでねぇ。」
と、何もいない空間を見つめて言うものだから、そのうち不気味がってこの家に近付く者はいなくなっていった。
男がお決まりの台詞を口にする度、家の天井に吊られたランタンの火がゆらりと揺れる。その光に従って揺れる影が尚のこと不気味さに拍車をかけ、ますます男を孤立させた。
それなのに男は、全く寂しがり様子も無い。それどころか、揺らめく灯りを見る度に、己の影が振れる度に、天井のランタンを愛おしげに見つめるのである。
さて、そんなある日の暮方のことだった。もう人足の途絶えて久しい男の家の門を、誰かが叩いた。男が開けると、そこには濡鼠になって青白い顔をした若い男が一人、佇んでいた。
「……今晩、泊めてくれませんか。」
外は急な土砂降りに見舞われ、当面止む気配も無い。これを哀れに思った男は、彼を快く家に迎え、囲炉裏の火を強くして勧めた。彼の顔色にようやく赤みが差してきた頃、不意に彼が口を開いた。
「……妖狐、ですか。」
男は僅かに目を見開き、それから柔和そうな笑みを一層深めて頷いた。
「ええ、ええ、そうですとも。大事な大事な私の家族でしてね。」
初めてその存在に気付かれたことが余程嬉しかったのか、男は嬉々として、彼に妖狐と出会ってからの話をいくつも聞かせた。
若い男は天井のランタンをぼんやりと見上げ、うっすらと見える狐の影に小声で語りかけた。
「……その火、最期まで潰えさせてやるんじゃないぞ。」
返事をするように火が一度大きく揺らぎ、それから少しだけ火力が上がった。男の昔語りはまだまだ続くようで、若い男は惚気に近いそれに溜息を零しながらも、泊めてもらっている以上聞かぬのは失礼だろうと最後まで付き合ってやることにした。

テーマ:消えない灯り

12/7/2025, 6:40:46 AM