南葉ろく

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 小さな教会の、小さな庭の片隅で、ぼくはきみと出会った。家にいるのがいやで、逃げるように駆け込んだ出入りの少ない街外れの教会。最初、驚いたように毛を逆立てていたけれど、ぼくに慣れてくれたのもすぐのこと。
 きみとの出会いは、偶然だろうけれど。ぼくにとってはとても大切なことだった。きみにはそんなつもりはなくとも、たしかにぼくの心の無聊を慰めてくれたのだから。
 それから毎日、ぼくはそこに通っていた。そうしているあいだは、心穏やかでいられた。時は緩やかに停滞していた。それでいいと思った。



 あくる日、きみは物言わぬ存在となっていた。生まれたての小さな体では、箱庭のようなこの庭でも過酷な環境だったのだろう。きみはもう、ぼくの手を舐めたり、にー、と言ったりはしない。
 教会の鐘が鳴る。立ち止まるな、と言うように。きみだったものをそっと土に還して、立ち上がる。
 宝箱に仕舞っていたいくらい、たいせつな、陽だまりのような時間だったけれど。時間はぼくの手の中からこぼれ落ちてしまったみたいだから。


 湿った土の小山に花を添えて、ぼくは箱庭から抜け出した。




テーマ「時を告げる」

9/6/2024, 10:39:03 AM