いしょになりそこねたもの
夢を見ていた。
ゆめ。ゆめ…
……どうやら夢だと思っていたものは過去の自分の記憶だったらしい。
まだ日差しが心地よくて、世界がキラキラ見えていた昔の記憶。
夢に出てくる子供の頃の記憶は決まってあの時だ。小さい公園に大きい木が何本も生い茂っていて、空が見えない。小さな砂場、大中小の鉄棒、4人分の錆びたブランコ。地面に木漏れ日。
たんぽぽのわたげが舞っていた。つくしがかわいかった。今より優しくあたたかい太陽光にあたりながらふきのとうが道にあるのを見てこれって食べれるんだよなあ、とかぼんやり思ってたっけ。そうしているうちに夏が来て蝉の声がうるさかった。夏休みに学校の開放プールで遊んで塩素の匂いを纏いながら公園で話すのが楽しかった。半袖でもなにひとつ、日焼けなんて気にせずに。大きい木で覆われたその公園で、ブランコに乗りながら話したよね。あの時の私たちは何を話していたんだろう。
夏の朝が好きだった。気温が上がる前の夏特有のヒヤッとした朝の空気が恋しい。早起きをしてラジオ体操に行った後、学校の畑の草むしりをした。何が植えられていたか忘れてしまったけど夏休みが明けた後、先生がそれに気付いて褒めてくれてたことを覚えてる。
とんぼが気持ち悪いくらい飛びだしたと思ったら途端に秋の寒さがやってくる。銀杏が落ちて黄色い絨毯になる道があった。木の葉が踏み潰されて甘い匂いがした。どうしてか朝や昼は曇りの日ばかり思い出す。それとは裏腹に夜は雲が晴れて真っ黒な空を思い出すのだった。冷たくなった空の下でまあるい月を一緒に見たのをもう覚えていないでしょう。
北海道の冬は一晩寝たら外は一面銀世界になっていた、なんてことはザラにある。毎年見る景色なのにいつもわくわくしていたっけ。スキー学習の時のご飯。お母さんが作ったアルミホイルで覆われたおにぎりってなんであんなにおいしかったんだろう。
冬の冷たい空気が好きだった。冷たすぎて暖かい日もあった。冷たくて暖かいというのは矛盾しているけれど積み上がった雪がそうさせていたのかな。澄んでいて静かな冬の夜、習い事の帰りに雪を蹴り飛ばして歩いたよね。パッと上を見上げたら真っ黒な空に無数の星が煌めいている。街頭も少なくて今よりずっと視力の良かった私の目には本当に綺麗に映ったんだ。美しくて、怖かった。静かな夜に私ひとりだけが存在し、この星空を見ているような気持ちになったから。今じゃ一等星すら霞んで見えないよ。
大切な記憶がどんどん消えていくみたいです。あなたは元気にしていますか?私との記憶なんてもう覚えていないでしょう。そう願います。私も早く美しく加工された昔の記憶は忘れて、あなたのことも忘れたいと思います。
忘れて行くのは自然なことだとしてもやっぱりどこか寂しいから、こんな夢を未だに見るのかもかもしれません。昔の私が消えるのを怖がっているみたい。でもだからどうだって言うんだろう。今の私は他人でしかないのに。確かにある記憶は遠い別の誰かの記憶のよう。泡になって、浮かんで、ぱちん、と消えて、忘れたことも忘れていく。みんなそうやって大人になるのでしょうか。あなたもそうなのでしょうか。そうであればいい。そうであればいい…
7/25/2025, 2:08:40 PM