わをん

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『君の奏でる音楽』

会社の有志が集まり、ライブハウスを借りて定期的に行われているかくし芸大会。やる方も観る方も固定しがちでもうただの発表会と化していたのだが、中途採用で入ってきた新人さんが新たに演者として加わることになった。長年現れなかったニューカマーの登場にやる側には気合いがみなぎり、みな練習にも熱が入っていた。
そして当日。かくし芸大会なので何をやるかはやる方も観る方もステージが始まるまでわからない。幕が開いて舞台に現れた新人さんは緊張した面持ちで、笛を吹きます、と宣言した。出てくるのはフルートのような横笛なのか、クラリネットのような縦笛なのか、それとも尺八のような和楽器なのか、変化球でオカリナや篠笛なのか。みなが固唾を飲んで見守る中、取り出されたのはちくわ。楽器ではない練り物を笑っていいものかどうか戸惑う空気が流れたが、それを切り裂いたのはえも言われぬ澄んだ音色だった。一曲、二曲と演奏されるたびにちくわで涙する人があとを絶たない。やがてラスト一曲となり、ちくわから醸し出される最後の一音が余韻を残して消えていく。
「ありがとうございました」
新人さんが深々とお辞儀をすると拍手と喝采が渦を巻いた。涙を流した人たちはステージに駆け寄って握手を求め、新人さんはそれに真摯に応えていた。
それから後の演目はちくわで温まった客席と、ちくわに負けてはいられないという熱意で大いに盛り上がった。後に伝説の一夜と呼ばれることになったのは言うまでもない。

8/13/2024, 3:25:04 AM