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 バイトからの帰り道に気になる路地を見つけた。証券会社のビルと銀行の間にあった道で、それらの建物のことはぼんやりと認識していたのに、すき間の道だけは今の今まで目に入っていなかったらしい。いつも通る道のはずなんだけども。子どもの頃からこういうのを見つけると気になって仕方なくなるたちなので、チャリに跨ったままそこに入ってみた。

 路地はごく普通のせまい路地だった。黒ずんだビルの外壁が両側にそびえていて、上の方で換気扇が回る音がする。道の端にはぐちゃぐちゃのレジ袋やコーヒーの缶が転がっていて、俺はそれを避けながら慎重にペダルを漕いだ。
 建物三個分くらい進んだかなってところで路地は急に終わった。終わったと言っても、ひらけた道に出たとか行き止まりに当たったとかってわけじゃない。路地の先には3メートルくらいの灰色のコンクリートの壁が立っていて、そこに自動ドアが一つだけついている。建物かな、と自動ドアの方に寄ると、なんの抵抗もなく扉が空いた。オートロックじゃないのか。ちょっとびっくりしつつ、自転車を停めて自動ドアをくぐって、さらに驚いた。建物かと思っていたコンクリートの壁の向こうには、入ってきたのと同じような路地が続いていた。
なんだこれ、自動ドアは一体なんの意味があるんだろう。
 変な路地を見つけたってだけなんだが、不思議な空間に迷い込んだ気分で俺はもうわくわくしてしまって、先に進む以外に考えられなかった。自分のちょっとだけ冷静な部分が「まさか私有地とかじゃないよな」と囁いたので、周辺にそういった文言が無いのだけ確認して、俺は意気揚揚と足を踏み出した。チャリも置いていくことにした。そんなに長い間冒険する気はなかったから。

 路地は常に同じ景色というわけではなく、入り口と似たようなビルに挟まれていたり、マンションっぽい窓の沢山ある建物の間を通っていたり、あるいはあきらかに一軒家どうしの狭間にあったりした。風景に変わったところはない。おかしな点はやけに長いのと、一定区間進んだところで最初に入ったのと同じような自動ドアをくぐらされるところだった。
 流石に飽きてきたな、と思ったところでまた扉が現れた。そろそろ路地の終わりだろうか。自動ドアの前に立つと、ドアの向こうの景色は今までのとちょっと違っていた。
 地下道みたいな下りの階段が続いている。電灯が点いていて明るいけれど、相当に長い階段なのか先の方がどうなっているのかはよく見えない。覗き込もうと自動ドアから半歩踏み出した足音がよく響いた。下の方からカビっぽい匂いのぬるい風が吹いてきて、俺の頬を撫でてそのまま空気に溶けた。
 そこで急に冷静になった。路地を見つけた時の好奇心は完全に萎んでしまっていて、今何時かな、なんて帰りのことが気になり出す。早く帰らないと、行きつけのスーパーの惣菜が売り切れてしまう。今自分はどの辺にいるんだろうと地図アプリを開いて絶望する。圏外表示だ。
 ここはどこだ。変な空間に迷い込んだなんて有り得ない妄想が急に現実味を帯びてくる。がくがくと震える足をどうにか踏ん張って、来た道を引き返し始めた。一本道なので間違うことは無いはず。大丈夫。自動ドアが内から開くかどうか確認しなかったことを後悔した。
 幸いにも扉は全部問題なく開いたし、来た道は寸分たがわず引き返すことが出来た。いちばん最初の自動ドアでチャリを回収して路地を出ると、まちがいなく見知った通勤路に出る。ほっとして思わずチャリに寄りかかった。

 家に帰って無事に手に入れた惣菜を食べつつ、今日の出来事を振り返る。特に怖いことは起こらなかったのに、最後は急に怖くなってしまった。思い返せば、俺は昔からそういうところがある。探検といって近所の竹林に入ってみたりして、途中まではやる気いっぱいなのに、ある程度進むと不安になった。迷子になったらどうしようとか、動物が出てきたらどうしようだとか。つまんねー人間だな、と自分で思うけれど、生まれつきの性質なんだろうから仕方ないし、身を守るすべとしては恐怖も重要なんだろう。
 あれからもずっと同じバイト先に通っている。路地は相変わらずそこにある。たまに入ってみようかって思うけれども、いまだに再挑戦はできずにいる。

(子供のままで)


5/13/2024, 9:07:27 AM