俺は一人、夜道を歩く。ただ一人歩く。
そして朝に家に帰る。
そんな毎日を過ごす。
帰る家があるのに。一人暮らしじゃないのに。
どれほど、彼女と話してないのだろう。
今日まで数日、数ヶ月。
どれほど、彼女に触れてないのだろう。
知っていた。彼女とすれ違っていることくらい。
同棲する前から。なんなら付き合う前から。
それほど彼女はしっかりし過ぎた。
俺にはもったいないくらいちゃんとした人だった。
だから……だから、余計に、自分が最低に思えた。
仕事は勝手に辞めるわ、平気で約束破るわ……数え切れないほどに、最低で最悪だ。
俺となんか、きっと一緒にならない方がいい。
ずっとそう思い続けて……でも、別れの踏ん切りがつけなくて……。
だって、俺から“別れよう”って言うのはあまりに我儘で自分勝手だ。
だから、彼女から別れを切り出した方がいいんだ。
それが一番いい。
そう思って、俺は夜道を歩いて、朝に帰る。
彼女がいながら夜遊びをする“最低な男”を演じるために。
彼女が好きだ。
好きだからこそ、彼女の幸せを願ってしまう。
だから、一人でいたい。一人であった方が迷惑をかけなくていいから。
「──!」
俺の名前を呼ぶ声がした。
後ろを振り返ると彼女がいた。
「……え、なんで」
咄嗟に出てきた言葉だった。あまりにも急だったから。
もしかして、ずっと後ろからついてきたのか?
「出てってからずっと後をついてきたの」
……やっぱり。
「数ヶ月間、私も忙しかったし、全然ちゃんと話せてなかったのも悪かったし……。でも最近、朝帰りばっかで、寂しかったんだよ?」
……寂しかった?
「……他の女のところにいるとか思わなかったのか?」
「思わないよ!だって、あなた、お金ないでしょ?」
図星だ。
彼女は俺に近づく。俺の手を彼女の小さな手が握る。
「だから、浮気とか疑ってなかったけど……でも、今日、少しだけ不安になっちゃった。だから、ついてきちゃったの、ごめん」
「ごめんって……君が謝ることじゃないだろ!むしろ俺がごめんって言いたい。自分勝手で……」
俺は彼女の手を握り返す。
彼女の柔らかな温もりを感じた。
「……仕事、勝手に辞めたりして、本当に悪かった。君があの時怒った気持ちは分かる。俺でも怒ると思う。それに、ここ数ヶ月全然仕事探さなくて家にほとんどこもってたし……俺は最低な男だよ。君にばっかり負担かけて……俺なんか、君と一緒にいない方がいいって思ってたから……」
「え、どういうこと!?」
彼女はびっくりしたように目を見開いて俺を見つめた。
「ま、まさか、それが出歩いてた理由!?」
「そうだよ。君に振ってもらおうと思って……」
「えぇ!?」
彼女はそう言って、複雑そうに眉間に皺を寄せた。
「ばかじゃん」
「えぇ、ばか!?」
「そうだよ!本当に!!もう、いつまでも自分勝手な人!!私がそんなんで振るわけないじゃん!」
彼女は俺を睨みつけるようにして見つめてくる。
「あのね、確かにあなたは自分勝手で経済力も乏しいしポンコツだけど、私にとってはとっっっても大切な人なんだよ!あなたは優しいし料理上手だし、私の我儘に永久に付き合ってくれるところとかすごく嬉しいんだから!何年の付き合いよ!もう!……勝手に決めないでよ!」
彼女は顔を赤く染めながら大声でそう叫ぶ。
……あぁ、俺は本当にポンコツだな。
「──」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
「……何?」
「ポンコツでごめん。君がここに来てくれて良かった。俺、君を好きになって本当に良かった」
俺は微笑みながらそう言う。
彼女は少し恥ずかしそうにしながら、顔をムスッとして言う。
「……感謝してよね」
俺はクスッと笑う。
「……もちろん。一生をかけて」
「えっ」
彼女は少し驚いた表情を浮かべた。
「本当に?」
彼女の言葉に俺は頷く。
「あぁ、本当だ」
そう言うと、俺は彼女に口付けをした。
数秒後、互いの唇が離れると、互いを見つめる。
彼女は実に照れくさそうにしながら、心の底から嬉しそうに笑っていた。
月が本当に綺麗な夜だった。
■テーマ:だから、一人でいたい。
7/31/2023, 1:58:11 PM