小説
迅嵐
「...疲れた...」
玄関のドアを開け中に入った途端、おれの口からは弱々しい声が漏れ出す。
今日は特に疲れた気がする。いつも通り町中を歩くと沢山の人の未来が視えた。
あ、あの人怪我するな。あ、あの人病気になるな。
ふと立ち寄ったコンビニで働いていた店員さんを視てしまった。
あ、この人近いうちに死んじゃう。
積み重なって積み重なって、疲れた。
視たくない。
でも視なければならない。
「......嵐山」
明るい太陽を求めた。靴を脱ぎ短い廊下を歩くと、リビングのドアが開く。
「迅、おかえり」
嵐山はおれの顔を見るとふわりと笑う。未来の中でも嵐山は笑っていた。笑顔で、楽しそうで、綺麗だった。
おれは無言で嵐山を抱きしめる。温かさを感じながら、めいいっぱい息を吸った。ほんのりとゆずの香りがして、今日の入浴剤はゆずだな、とぼんやり思う。
「......何か視えたか?」
「....うん」
「そうか」
そこから嵐山は何も言わずに頭を撫でた。髪の間を指が優しく通る度に疲れが癒えるようだった。未来の中の嵐山は変わらず笑う。その変えようのない事実がおれを少しだけ救ってくれる。
おれはしばらく温かな嵐山を抱きしめ、柔らかな指の感触を感じていた。
12/22/2024, 1:05:37 PM