sleeping_min

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【天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、】

「雨ばかりで気が滅入るよねー。もう七月なのに」
 と言って、シェイクを啜るブレザー姿の女子高生。
「やっと梅雨明け宣言出たばかりなのにな」
 と相槌打って、ポテトをつまむ向かいの男子高生。
「雨だけでもうんざりなのにさ、たまに晴れるとめちゃくちゃ暑くなるのやめてほしいよね」
「晴れると蒸し暑くて、雨ると肌寒いもんな」
 雨る……晴れるの対義語か。
「寒暖差えぐいわー。雨と晴れの気温足して二で割って雨と湿度引いてほしー」
 わかる、わかるよ、女子高生。私も同じこと考えてたよ。と、思わず相槌を打ちそうになる。
 天気って、ほんと万人の共感を得やすい最強の話題だよね。なにしろ、その地域全員の共通体験だもんね。営業やってると、天気の話題のありがたみが身に染みるよ。そんなことを思いながら、ホットコーヒーを啜る。
 外回り中、土砂降りをしのぐついでに小腹を満たそうと入ったファストフード店の、隣の席の女子高生。と、男子高生。放課後にはまだ早い時間だけど、期末試験期間かな。試験後の自由時間に、男女の高校生が二人だけでお店に入るとか、それもう制服デートでしょ。私がつい聞き耳立てちゃうのも許してほしい。だって、いままさに甘酸っぱい青春の思い出が形成されている真っ最中ですよ。こういう若人たちからしか摂取できない栄養素があるんですよ。
 いや、まだお付き合いはしてないのかも。営業によって培われた観察眼が、そう判定している。男子高生は、どことなくそわそわした落ち着かない雰囲気。対する女子高生は泰然として見えるけど、距離を測っているような、相手を探るような、そんな緊張感のある息遣い。……ああ、だから天気の話題を出したのね。相手の出方を探るジャブとして、当たり障りのない天気の話題はうってつけ。ということは、この二人はお付き合い一歩手前、いちばんおいしくて栄養価の高い時期じゃないですか!
 私は舌なめずりを隠すために、バーガーにかぶりついた。
「あたし最近気づいたんだけど、低気圧に弱いみたいでさー。こういう日は、すぐ眠くなっちゃうんだよね」
「だから最近居眠りが多いのか……」
「おっ、よく見てるじゃん。そうなんだよ、すべては天気のせいなんだよ」
「それは責任転嫁というやつだ」
「じゃあ、人間が天気を操れないのが悪い」
「どんだけ天気にこだわるんだよ。……いや、天気の話なんてどうだっていい、僕が話したいことは、」
「おっ、いよいよ本題」
「テスト中にまで居眠りするやつがあるかってことなんだよ」
 男子高生の語気が強くなった。あれ、怒ってる? 雲行きが変わった?
「よく見てるじゃん」
 女子高生は平然とシェイクを啜っている。
「テスト勉強教えてほしいって佐々木から言い出したんだぞ。テスト中に寝たら今までの努力台無しだろうが」
「あはは、諸行無常、盛者必衰ってやつー」
「ぜんぜん違う。盛者にすらなってない」
 男子高生が盛大なため息をつく。能天気そうな女子高生に日頃振り回されているであろう彼の苦労が、しみじみと伝わってくる。
「大丈夫だよー。居眠りする前にちゃちゃっと解いて赤点は免れたから」
 反省のかけらもない、あっけらかんとした口調の女子高生。
「早解きできたの、たっくんのおかげだよー。ありがとね!」
 な、なんという殺し文句! 先ほどの天気ジャブから一転、鋭いフックだ! これはかわしづらい!
「そ、それならよかったけど……」
 たちまち男子高生の声が柔らいだ。あっ、ちょろいですね。これは惚れてますね。惚れた弱みというやつですね。
 にやけそうな顔をごまかすため、ひたすらバーガーにかぶりつく。
「なにかと思えば、お説教だったかぁ」
「な、なんだよ……。そりゃ、言いたくもなるだろ」
 男子高生はすっかり劣勢に追い込まれている。
「真剣な顔で急に腕引っ張られてここまで連れてこられたからさ」
 女子高生がすっと息を呑む気配。あっ、これは強力な一撃がくる。私の全身は耳となって身構えた。
「……告白されるのかと思った」
「なっ、すっ、するわけないだろ!」
 ポテトにむせる男子高生。いただきました! 辞書に載せたいぐらいの素晴らしい動揺をいただきました!
「こんな騒がしくて周りが聞き耳立ててるようなところで、できるわけないだろ!」
 あ、すみません。思いっきりバレてましたね。周囲にちらりと目をやると、私と同じ、気まずそうな顔のギャラリーたちが目を泳がせていた。ですよね。みんなやっぱり気になっちゃいますよね。
 しかし若人よ、先ほどの台詞は語るに落ちるというやつだ。私はニヤニヤと崩れそうな頬を必死に抑え、食後のコーヒーをすまし顔で啜った。こんな場所じゃ告白できないということは、静かで誰もいないところでなら、やぶさかではないということですね?
 ほら、女の子は聡いから、すぐに察したみたい。横目でちらりと覗いたら、耳がほんのり赤くなってる。この絶妙な赤み、百科事典の「尊い」の項目に事例として載せておきたいぐらいの可愛さ!
 小さく、深呼吸。思わぬカウンターをくらった女子高生だけど、もう体勢を立て直してる。強い。
「ところでさ、もうすぐ夏祭りだね。一緒行こうよ。浴衣買ったからさ」
「えっ、あっ?」
「お母さんに、ゆっくり花火見られる場所教えてもらったんだ。ひと気のすくない穴場だって」
 この年頃は、やっぱり女の子のほうがうわてだなぁ。しかも、親という外堀まで完全に埋めてあるぞ、これは。
「今年は雨降らないといいねー。なんか毎年、雨降りやすい日に祭りやってるの、どうにかしてほしいよね。たっくん頭いいからさ、将来天気を操る技術を開発してよ。あたしも手伝うからさ」
「だ、だから僕は天気の話をしたいわけじゃなくて! 今後のテスト対策を!」
 追い詰められた男子高生の叫びは、もはや悲鳴だった。私は「ごちそうさま」と呟いて、満ち足りたお腹とともに店を出た。空に向かって傘を広げる。こんな土砂降りでも、心はすっかり晴れやかだ。さあ、いただいた栄養ぶん、今日も頑張りますか。

6/1/2023, 5:20:29 AM