はた織

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 本棚から書物を一冊抜いたら、青い目と目が合った。私は驚くも、目の正体が気になった。周りの本をいくつか近くの机の上にどかしたら、花の円に囲まれた鴎の絵が現れた。羽ばたく鴎を囲うように、レンゲソウと百合のような紫の花が咲いている。
 私は遠くを眺める鴎の青い瞳に見惚れていた。後ろから近寄って来る祖母に声をかけられるまで、ずっと眺めていた。
「りよちゃん、読みたい本はあったかい?」
「ああ、ばあちゃん。この絵って、ばあちゃんが描いたの?」
「おや、見つけてしまったのね。私の秘密の鴎さんを」
 祖母は微笑んだ。肩が震えて白い羽織がふわりと揺れる。悪戯を見られてしまった子どもみたいに苦笑いをして、口に手を当てている。
 私は、祖母の見てはいけないものを見つけてしまったかと思い、罪悪感を覚えた。
「嫌なことをしてごめんね、ばあちゃん」
「とんでもない。りよちゃんも本の声が聞こえたようで、私は嬉しいんだよ」
 祖母の言葉が理解できなかった。私には、本の声なんていっさい聞こえなかった。本を抜いたら、鴎と目が合った。ただそれだけだ。
「特別な鴎なの?」
「うんうん、特別だよ。私が70歳までがんばって生きるぞって、命を与えてくれた大事な鴎だよ」
「へえ。この鴎の目は、なんで青いなの?」
「そうだね。もしかしたら、りよちゃんが今持っている本が教えてくれるかもよ」
 祖母はわたしの手の中にある本を指差した。日焼けした表紙には、『杯』と書かれ、銀のコップを口にしている4人の少女が描かれている。随分と古びて傷んだ本だが、絵だけは美しさを失われていない。本当に花のように可憐な少女たちの絵だ。だが、そこに青い目の鴎はいない。
「まずはお話を読んでごらん。読んで分からなくても、りよちゃんの中でお話が溶け込んで、半年かそれ以上経った後に、お話がりよちゃんの中でまた巡ってくるよ」
 多分、祖母が隠した秘密の鴎も、祖母の中で巡っているそのお話から生まれたものなのだろう。祖母の楽しそうな口ぶりから、大層良いお話と出会えたようだ。
 私は、祖母に返事をして、側にあった椅子に腰掛けた。膝の上に本を載せて、表紙をもう一度見た。この表紙を飾る少女たちの秘密の花園が、ページの中にあるのだろう。そんな夢を見て、表紙をめくり、物語の世界を開け放った。視界の端で白い羽か何かが羽ばたいた。
               (250308 秘密の場所)

3/8/2025, 1:17:58 PM