耳を澄ますと
鳥の鳴き声、風の音、どこかの家の子供の笑い声、包丁て食材を切る音、仲間たちの談笑、それから。
昔から、自らの音を消すのが得意だった。音に限らず、気配や匂い、自分を自分だと認識するに至る要素の全てを、人に認知させないようにすること。それが、セラフが生きてきた世界での常識だった。それがとうだろう、今では寝息を気にせずに眠りこけて、起き抜けに何気なく、理由をつけずに周りの音に耳を澄ますことも容易くなった。これが平和ボケというやつかな、なんて嘲笑しながら、再び周囲に耳を澄ます。
『そこにない?』
『えー、カレーでしょ?ないよ?』
『あるってぇ。賞味期限ちかいやつ』
『たらい、ドレッシングの替えは?』
『それも奏斗んとこやね!おーい奏斗!はよ!!』
『だからないって!ドレッシングは?胡麻?』
『なにがいい?』
『んじゃ胡麻ね。…なんで5本もあんの?』
『そんなある?』
『ある。まぁ使っちゃうか、意外と。』
『カレーこれじゃないですか?』
『ほらぁ!こっちにないじゃん!』
『賞味期限、昨日。』
『賞味だから、まぁ。許せ。』
『そこは知ってんのな』
『セラが言ってた』
『意味は?』
『知らんよ?もちろん。』
『もちろんか』
『おうよ』
笑い声が響く。それにつられてか、少し口角が上がる気がした。
今日の晩御飯はカレーらしい。ゴマドレのサラダ付き。カレーのルーは昨日が賞味期限だったらしい。確かに少し前、桃の缶詰の期限が切れたとボヤいている雲雀に、賞味なら大丈夫だと話したっけ。これの元は、俺となぎちゃんの会話なのだけど。つまり元ではなぎちゃんである。
『あとルー入れるだけ?』
『そー!すぐできんよ〜。ご飯よそって!』
『セラ呼んで来ますね』
たんたん、聞き慣れた足音。
こいつも足音消さなくなったんだな、なんて。今日はそんなことばかり考えている気がする。
「セラ、起きてます?」
ガチャ。ドアが開くと同時に、聞き慣れたテノールが鳴る。
今日もこれに答えられる。それはきっと、限りなく幸運な事だ。
「起きてるよぉ〜」
目を開ければ、群青が微笑んだ。
「晩御飯。ふたりが待ってますよ。」
「カレーでしょ?賞味期限切れの。」
「なんだ、起きてんなら来ればいいのに」
「盗み聞きは良くないじゃん?」
「ならそれも隠し通せよ」
「それは嫌」
「はは、ほら、行きますよ」
耳を澄まさずとも、聞こえてくるたくさんの音。
車の音、鳥の鳴き声、近所の犬、
そして、聞き慣れた仲間たちの音。
5/5/2024, 10:05:34 AM