うめ

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お題 好き嫌い

誰もが幼い頃「好き嫌いがあるのはダメなこと」と教わったものだ。しかし、大人になった今、どうだろう。「好き嫌い」について否定されることは無いし、むしろそれを個性として認めようとするのが世の中である。
「あ、もしかして、パプリカ嫌いとか?」
「いや、嫌いとまでは……」
私の向かいに上品に腰かけた彼女が、可笑しそうに笑った。
彼女とは両親の紹介で、今日出会ったばかりだが、不思議とそんな感じがしない。前々から見知っていたような気がするのだ。
「大丈夫よ、もう大人なんだから、好き嫌いしたって、誰もあなたを咎めないわ」
「俺は…逆じゃないかと思うんだ」
「逆?」
「大人こそ、嫌なことを我慢したり、我慢できないなら怒られて然るべきだ。けれど、もう大人になった俺を、誰も怒ってはくれない。」
「あなたは怒られたいの?」
あんぐりと口を開けた彼女にそう問いかけられると、自分が言わんとしていることが分からなくなる。
「いや、それは……」
そう話していると次の魚料理が運ばれてきて、そっとテーブルに乗せられた。
「あなた、私は難しいことは分からないけれど」
と言って、魚料理の皿とパプリカの乗った皿を入れ替える。
「これで、いいじゃない。私たちはこれから、こうして生きていくの。怒るんじゃなく、補い合えるところはこうして、ね?」
「ありがとう……しかしところで、君は魚が嫌いだったんだね」
パプリカをひとつ、ごくりと飲み込んだ彼女はゆっくりと俺に視線を合わせて言った。
「あれ?分からなかった?これからは、貴方が嫌いなものが、私の唯一好きな物なのよ」
その目の奥から手が伸びて掴まれてしまいそうなほどの迫力に、俺はつい目を逸らした。
「両親からの結婚の話だったけど、悪くないと思うわ。ご馳走様。」
そう言って立ち上がった彼女からは、死んだはずの元妻と同じ香水の香りがした。
どん臭くて何も出来ない、イライラするだけの結婚生活を思い出し、キッと俺が彼女を睨むと、彼女は不気味に弧を描いて笑った。
「あなたのその顔が、堪らなく大好きよ」

6/13/2023, 7:14:19 AM