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「きらめき」

いつものように仕事をして一人の部屋に帰る。冷蔵庫からビールを取り出してデスクの前に座る。パソコンを開いてもう何度も見たネットニュースの画面をまた開く。

櫂、お前はずいぶん遠くに行ってしまったんだな。生まれたときから一緒にいるのが当たり前だった。でもお前はアメリカの大学に行って、そのまま帰ってこなかった。

なんで俺はお前の消息をニュースで知らなければならないんだ?親友だと思っていたのは俺だけなのか?そうなんだろうな。高校3年の途中から櫂は俺を避け始めた。アメリカの大学に行きたいから勉強が忙しいと。

卒業式の日、みんなと同じように挨拶をして、すぐにアメリカに行ってしまった。俺には何にも言うことなかったのかよ。

櫂と過ごす時間が好きだった。不器用でうまく人と話せなかったけど、俺だけが知っていればいいと思った。櫂のやさしさも温かさも、俺だけのものだ。櫂の前でだけ本当の笑顔になれた。なのに、お前は離れていくんだな。

二本目のビールを開けて櫂の写真を見つめる。ボサボサの髪に黒縁のメガネ、よれよれの白衣。新進気鋭の物理学者の割にひどい格好だな。アメリカの権威ある賞を受賞したとのニュース。プロフィール欄には母校の高校の名もある。

なあ、なんで嬉しそうじゃないんだ?誰に何を言われようと俺にはお前との時間が一番だった。あの頃の二人は確かにきらめいていた。こんな賞をとっておきながら、なんで今のお前にはきらめきがないんだ?

人のことは言えない。俺だって同じだ。一流大学を出て、名の知られた大企業で第一線で働いている。知り合う女は容姿と名刺だけで勝手に好きになる。俺のどこを知っていると言うんだ?

スマホに残った櫂の電話番号。
「おかけになった電話は現在使われておりません」
わかっているのに消せないんだ。

なあ、櫂。お前に見捨てられた俺はいつまでお前を思っていればいい?あのきらめきも忘れたほうがいいのか?教えてくれ。

9/5/2024, 7:57:10 AM