それは目には見えないものだ。触れることもできない。なのに与えることができる。地位も権力も身分も財力も、老いも若いも男も女も関係ない。
ただし限りがある。時間的な限り、質量的な限りのどちらも発生する。受け取ったかと思ったのに、いつの間にか消滅していることもある。また、此方から与えた割合が100だとしても、受け取り手からしたら20くらいにしか感じていない場合もある。必ずしも同量が取引されるとは限らない。またその逆も然り。ほんの軽い気持ちだったつもりが、相手には相当なインパクトだったりする時もある。そういう場合は高確率で犯罪に発展するケースになる。
よって僕は新たな法律を提案する。
その名も、『愛情罪』だ。そこから大きく、
愛情詐欺罪、愛情出し惜しみ罪、愛情過多罪、愛情悪用罪に分類し刑罰を決める。こうすれば、愛情から生じるすれ違いや縺れのトラブルを未然に防ぐことが出来る。よりよい穏やかな生活を守るために、是非ともご賛同願いたい。
「阿呆か」
「なんで!」
友人は吐き捨て、あろうことか僕の論文を後ろへ放り投げた。
「何がいけないと言うんだ。至極真っ当なことを書いてるじゃないか」
「モテない男の僻みにしか聞こえねーよ」
「なんだと」
「こんな下らんことを考えてる暇があったらな、女の1人でも作ってみろ」
「そんな、簡単に言ってくれるな!そんなことできたらとっくにやっている!」
「ほー。てことは、そのために何か努力したってことかよ」
「おうとも。髪の分け目を7:3から6:4にした。毎日深爪ギリギリまで爪を切っている。シャツを着る時は必ずアイロン掛けされたものにしている。始めてまだ最近だが、顎ヒゲの脱毛サロンに通い出した」
「……」
「どうだ」
フン。隙が無さすぎて声も出ないか。開いた口が塞がっておらんではないか。
「俺はよ、」
「む?」
「髪の毛オールバック。手の爪は3個くらい死んでる。シャツはヨレヨレ。ヒゲは見てのとーり、たくわえてる」
「僕と対極だな」
「なのに俺には彼女がいる。何故だが分かるか?」
「……知るか」
「見てくれだけじゃねーってことだよ。ま、あまりにも見た目が酷いのはどうかと思うがな」
友人はヘラヘラ笑いながら胸ポケットから煙草を取り出した。……図に乗りやがって。そんな言葉に騙されてたまるか。
「そういうもんなんだよ」
「どういうもんだと言うのだ」
「お前も言ってたろ?さっきの下らん文章の中で。愛情ってのは見えないものだ、触れることもできない」
灰皿、と言うから棚の中から取り出してやる。一応ここは禁煙だぞ。
「外見磨くのも大事だけどさ、見えないもんをいかにして相手に届けられるかを考えてみな。そしたら上手くいくんじゃねーか?」
「……たとえば」
「そりゃ自分で考えろ」
なんだ、それは。為になるようなことを言うのかと思ったら最後は自分次第ってオチか。愛情の届け方だと?そんなことやったことないのだから分かるわけなかろう。つくづく無理なことを言う男だ。
「ま、お前の場合はまず愛を伝えたくなるような相手をさがすことだ。無闇矢鱈に好きになるなんて間違ってるからな」
「まぁ、それはお前の言う通りだな」
焦って動くものでもない。つまりはそういうことか。今日始めて、納得できた気がする。
「まー元気出せって。年齢イコール彼女いない歴だろうが、万年童貞だろうが、ラブホの入り方知らなかろうが、俺はお前の友達やめねーからよ」
「言い過ぎだ馬鹿め!」
11/28/2023, 9:50:54 AM