かたいなか

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「物理的な力を込めるか、なんかオマジナイ的な力にするかで、まず変わってくるんだろうな」
あと「声に力を込める」とか言うのもアリか。某所在住物書きは今回の題目の使い方を、あれこれ思案しながらポテチをかじった。

身体、祈願、声量。他には何があるだろう。加齢により固くなった頭では、奇抜なネタは時間がかかる。
「無難が安定かな……」
次の題目配信まで、残り6時間と40分程度。
物書きはネットの海に活路発見を頼り、ひとまず「力を込める」の検索結果を辿った。

――――――

3連休の真ん中。「そばの日」の都内某所、某アパートの一室。
食費および光熱費のシェアと節約を名目に、某ブラックに限りなく近いグレー企業の職員が、その先輩の部屋で、ふたりして昼食の準備をしている。

「キクザキイチゲだ」
「そういう名前だっけ」
「7ヶ月前、3月1日にお前に見せた花のことだろう。それなら、キクザキイチゲ。『追憶』の花だ」

雪国の田舎出身という、部屋の主、藤森。
後輩から花の名前を尋ねられ、答えながら小さめのすりこぎ棒で、同じく小さめのすり鉢をゴリゴリ。
実家から送られてきたソバの実を、力を込めて製粉し、蕎麦粉にしているのだ。
本日のランチは手作りガレット。蕎麦粉と食材は藤森が用意し、材料代の半分とすり鉢とすりこぎ棒を後輩が負担した。

「それめっちゃ疲れそう」
「ストレス解消に最高だぞ」
「ホント?」
「ノルマ反対。打倒悪しき昔のパワハラ。いい加減にしろクソ上司」
「わぁ。蕎麦粉が恨みにまみれてる」

室内は完全に最低限、最小限の家具家電のみ。
感情希薄なフィクションキャラクターの、希薄さを際立たせるために、その人物の居住スペースからベッド以外のオブジェクトをすべて撤去してしまう設定も多々見受けられるが、それに数歩〜十数歩迫る程度。

部屋を引き払おうと藤森が思えば、すぐにでも可能そうである。
事実、藤森はそれを今月末、実行しようと画策中である。
諸事情あってこの藤森、昔々の初恋相手から、8年逃げ続けたは良いものの、最近居住区がバレて、
その初恋相手に、職場に突撃訪問され、住所特定のため探偵まで差し向けられた始末。
『職場にこれ以上迷惑はかけられない』。
藤森は決断し、誰にも相談せず、すべてを心の内に秘めて行動した。
結果が、元々物の少なかった藤森宅の、更に生活感が希薄化した現状だった。

勿論それに気づかぬ後輩ではない。
ただ、藤森が自分からすべてを言い出すまで、後輩のよしみで待ってやっている最中である。

「私も蕎麦粉ゴリゴリしたい」
「お前もなにか、ストレスが?」
「どこぞの誰かさんが、全部自分ひとりで背負い込んで、なんにも私に言ってくれないから」
「なんだって?」
「なんでもないです。なんでもないでーす」

ふぁっきん初恋さん。
ふぁっきんストーカー数歩手前な初恋さん。
ふぁっきん昔先輩の心をズッタズタにしたくせに今更ヨリ戻そうとしてるストーカー数歩手前な初恋さん。
ゴリゴリゴリ。後輩は力を込め、すりこぎ棒を回す。
「……随分溜まってるな?」
気迫か怒気か、ただならぬ心の業火に、藤森は開いた口が塞がらぬ。
ただその業火の先に、よもや自分がいるのではと、静かに戦慄し、目を細めるのであった。

「大丈夫。先輩だけど先輩じゃないから」
「結局私じゃないか」
「だから、先輩だけど、先輩じゃないの」
「つまり私だろう」

「たしかにストレス解消なるね。コレ」
「んん……?」

10/8/2023, 3:26:41 AM