カラフル
十人十色、多様性というものはそこまで高尚なものなのだろうか。確かに、人の個性を潰すことは悪いことなのかもしれない。しかし、だからといって"過度"に個性を伸ばし、多様性に富んでいることを重視するのは間違いではないか。行き過ぎた多様性や個性の推進は、当為自己という名の理想像を下げる温床になるのではないか。悪い自分や他人を認める温床になるのではないのだろうか。
そもそも、私たちは"普通"な人間なのだろうか。みんながみんな平均値に収まっているわけではない。むしろ個性的なことが当たり前なのではないか。みんなと違う自分に辟易した経験は誰でもあるはずだ。普通であることを到達点として、悪い個性を排除しながら良い個性を磨き上げて、唯一無二の自己を形成するのが理想的な道なのではないのか。最近の世界の風潮は、良い個性と悪い個性を一緒くたにして、その全てを肯定しているように伺える。
複数の色が混在しているのが多様性に富んでいることなのか。単一の色で独立していることが排外的なのか。多様性を過度に意識している国ほど、宗教的対立や差別が横行しているように私には伺える。多様性を意識すればするほど多様性から遠のくことになることに、いつになったら気づくのだろうか。
私の憶測に過ぎないが、最近の風潮に踊らされた人間や国は、馬鹿の一つ覚えのように様々な色を重ね塗りして、濁りきった色になって、そのうち本来の色を見失う。
5/1/2026, 3:07:53 PM