夜中と呼べるくらいに暗くなった頃、俺は気ままに歩いていた。
散歩は好きだ。歩きながら色々考えられるから。いざ何かを考えようとすると何も出てこない。だけど歩くという行為を加えるだけで自然とアイディアが生まれる。人間はつくづく不思議な生き物だ。
考えながら歩いていたら事務所の近くまで来ていた。そこであるものが目に留まる。子供がいたのだ。人なんてそうそういない時間帯に人が、それも子供がいた。これは何かあったに違いないと思い俺はその子供に近寄る。
「1人か?」
「…」
「親は近くにいるか?」
「…」
無視か。子供は苦手だ。何を考えているかわからない。わかっても気分によって態度が変わる。これならハヤトの方がマシだと思ってしまうほどに俺にとって子供と関わることは億劫なことだ。
子供は少しもこちらに顔を向けずずっと上を見ていた。夜空を見ているのだろうか。しかし天気予報は曇りとなっていたはずだ、子供が見たかったであろうものは上にないだろう。
「名前を聞いてもいいか?」
「…」
「星を探しているのか?」
「…」
「…」
さて、どうするべきか。ここは警察に連れて行くべきか?いやそれだと高校生の俺も補導されてしまう。高校生が、しかもヒーローが警察のお世話になるなど情けない話だ。よってこの選択肢は無しだ。となると親が来るまで待つか?いや、この時間帯に子供が1人で外にいるのだ、親は良かれ悪かれ何か事情がある可能性が高い。俺1人で処理できるようなことではないだろう。他のヒーローを呼び出すか?成人なのはダイスケさんとハル君だが、まずダイスケさんは来ないだろう。任務外のことは無関心だろうからな。となるとハル君か。ハル君はヒーローの中で一番頼れる存在だ。人間として、大人として、ヒーローとして尊敬できる相手だと俺は思っている。電話をかけてみるか。時間が時間だがこの状況だ、ハル君も理解してくれるだろう。
『もしもしセイカ?どうしたのこんな時間に?』
「こんばんは。夜分にすまない、ハル君。」
『いや大丈夫だよ。』
「今事務所の近くにいる。実は散歩をしていたのだが子供が1人でいるのを見つけたんだ。なにか訳がありそうで声をかけたが無視されて、こちらに顔すら見せてくれない。困ったものだからハル君に電話をかけたまでだ。」
『なるほどね。…こんな時間だから警察に行っても自分も補導されそうとかで無理なんでしょ?』
「……すまない。」
『ふふっ。大丈夫だよ。理由が理由だけどセイカはちゃんと状況把握ができて助けも呼べてる。ヒーローとして成長してきてるね。』
これがハル君だ。俺たちを自分の教え子か子供かと思っているのかわからないが、自分たちでも気づかないところまで気づいて褒めてくれる。
「ありがとう。褒められてなんだが今はそれどころではない。こちらに来ることはできるか?」
『うん。今から行くよ。ここからなら10分くらいで着けるかな。事務所の近くだよね?着いたらまた電話するからその間その子のことお願いね。それじゃあまた後で。』
「あぁ。わかった。」
「きた!!!!!」
「!? おい!!どこに行く!!!」
俺がハル君との電話を切った途端、子供は走り出した。慌てて追いかける。だが小学生かそれ以下の子供と高校生だ。橋の中央で俺は子供に追いついた。
「ペルセウス!!!」
子供はさっきの大人しさが嘘のようにはしゃいだ声を上げて空を見上げる。つられて俺も見ると流星群が流れていた。ペルセウス流星群だった。さっきまで雲で埋め尽くされていた空はなくなっていた。
「ペルセウス流星群か。毎年見ているが今までより綺麗だ。しかし観測予報では来週あたりと言っていたはずだが…」
「違う。今日です。流星群は今日しか見られません。」
「!?」
子供がこちらを見ている。俺に向かって、俺に向けて話している。
「…どうしてそれがわかる?」
「知っているからです。」
「それはそうだ。答えになっていない。」
「観測予報が絶対じゃありません。」
「それはそうだが…。ではなぜ今日とわかったんだ?」
「今日しか来ないと知っていました。もうペルセウス流星群は見られません。一生、死ぬまで、僕は星を見れません。」
「何故だ?」
「あなたは知っています。」
「知らない。知らないから聞いているんだ。」
「知っています。あなたが知っていることを僕は知っています。」
子供は真顔でこちらを見る。澄み切った目に吸い込まれそうだった。
「わかりづらい言い回しをしないでくれ。いったい
どういうことだ?」
「僕は俺です。」
「それで?」
「僕は僕で、俺はあなたです。」
「…。将来は詩人でも目指しているのか?」
「違います。」
子供の言っていることが微塵も理解できなかった俺は何か言おうとしておかしな発言をしてしまった。子供はまた空を見上げる。流星群はまだ流れていて、綺麗だった。
「僕はもう流星群を見れません。」
「だからその理由を聞いている。」
「壊したからです。」
「何をだ?俺は知っているなんて言わせないぞ。」
「僕の正義を、僕は壊しました。僕の行いのせいで僕の正義が壊れました。流星群は、星は、僕にとって正義と一緒にあったものです。だから、正義を壊して無くしてしまった僕の夜にはもう今までのように星は姿を表してくれません。この流星群もそうです。」
「………。本当にもう一生見れないのか?」
「わかりません。また正義ができたら見れるかもしれません。」
流星群はだんだんと勢いをなくす。もう別れの時間らしい。
「ヒーロー。」
子供は再び俺を見る。
「ヒーローは正義の味方ですか?」
「……わからない。」
「ヒーローなのにわからないんですか?」
「あぁ、そうだ。俺はヒーローだが正義の味方だと胸を張って言えない。そんな自信がない。」
「そもそも、あなたには正義がないんですか?」
「……。」
鋭い。いつものように言葉が出なかった。今喉に刺激を与えたらいけないと理性が言っていたのだ。
「ねぇヒーロー。」
「……。」
「正義とはなんですか?」
「……。」
正義とは何か。
俺にはわからない。
「わからない。」
「ヒーローなのにわからないんですか?」
「ヒーローなのにわからないんだ。いや、俺はわからないからヒーローになったんだ。」
「それでもまだわからないんですか?」
「そうだ。」
「ヒーローになった先に答えはあるんですか?」
「わからない。」
「そうですか。」
子供は手をかけていた橋の柵から離れると俺に背を向けて歩き出した。
「どこに行くんだ。」
「家へ帰ります。もう最後の流星群を見れましたから。」
気づくと流星群の輝きもうは残っておらず、雲が空に幕をしていた。
「1人で帰れるのか。」
「僕はしっかりものです。1人でなんでもします。」
「しかし、家まで遠いだろう。俺が送って行く。」
「必要ありません。あなたも家へ帰らないといけないでしょう。」
「待て。」
「しつこいですね。何を言われても1人で歩いて帰ります。」
「いやそうではない。」
俺は軽く喉を鳴らしてちゃんと声が出ることを確かめる。大丈夫だ。その間も子供は構わず進んでいた。
「お前の名前はなんだ。」
「……。」
子供は足を止めた。
「ヒーローの望む答えではないかもしれませんが。」
振り返り俺を見る。
「僕がまた星を、流星群を見れる日はいつ来ますか?」
「それは俺の知ることじゃない。」
「……そうですね。」
子供はそう言葉を残して歩いて行った。俺は追いかけなかった。追いかけられなかった。追いかけても何もできない。
「僕は俺です。」
「僕は僕で、俺はあなたです。」
「……。」
俺しかいない場所で空を見上げる。相変わらずの曇りだった。
あの子供があの日のように星を見られる日は来るのだろうか。
8/23/2025, 6:39:11 AM