遠い日のぬくもり
冬の気配が近づく放課後。
蓮斗は返却カウンターに本を置き、
そこに立つロングヘアの女子をちらっと見ただけで、
すぐに興味を失った。
(図書委員か。地味だな。初めて見る子だ)
本当に“初対面”のつもりだった。
少女――遥香は、
蓮斗の返却カードを受け取りながら、
胸の奥がざわつくのを感じていた。
(……なんで……?
知らないはずなのに……懐かしい……)
理由は分からない。
ただ、胸が痛いほど締めつけられる。
「……ありがとうございました」
控えめな声。
蓮斗は軽く手を上げて返し、
そのまま踵を返そうとした――その瞬間。
「おーい!蓮斗ー!どこ行ったー!」
図書室の静けさをぶち壊す声。
友達の大地が勢いよく入ってきた。
「パン買いに行くって言ってたのに戻ってこねぇから探したんだよ!」
「ここ図書室だって……声デカいって」
大地に肩を回され、
蓮斗はそのまま図書室を出ていく。
遥香は、
去っていく背中を見つめながら胸に手を当てた。
(蓮斗……
どうして……名前を聞いただけで苦しいの……?)
---
翌朝。
蓮斗は廊下でロングヘアの女子とすれ違った。
ふわりと漂うシャンプーの匂い。
胸の奥が一瞬だけ熱くなる。
(……なんだこれ。
知ってる匂い……?)
振り返るほどじゃない。
でも、妙に引っかかる。
遥香もまた、
蓮斗の横を通り過ぎた瞬間、
心臓が跳ねた。
(昨日の……人……
どうして……こんなに気になるの……)
理由のないざわつきが、
二人の胸に残った。
---
放課後。
蓮斗は大地に頼まれたプリントを返すため、
再び図書室へ向かった。
扉を開けると、
昨日と同じロングヘアの女子がカウンターに立っていた。
(……またいるのか)
胸がじんわり熱くなる。
恋だなんて思わない。
でも、ただの“初対面の女子”に抱く感情じゃない。
遥香もまた、
蓮斗の姿を見た瞬間、
胸がぎゅっと締めつけられた。
(……会いたい……
でも……怖い……)
蓮斗がプリントを差し出す。
「これ、大地のやつの返却」
「……はい。預かります」
声が震えていた。
蓮斗は気づかない。
ただ、胸のざわつきだけが残る。
(なんでだ……
あの子……昨日より気になる……)
---
その日の夜。
遥香は部屋の隅に置いていた段ボールを開けていた。
(今日の帰り道からずっと胸が苦しい……
なんで……)
底にあったのは、
唯一捨てられなかった水色のアルバム。
震える指で開く。
幼い日の写真。
ショートヘアの自分。
隣で無邪気に笑う男の子。
夏祭り。
運動会。
帰り道の夕焼け。
どの写真にも、
その男の子は当たり前のように遥香の隣にいた。
最後のページ。
中学の終わり頃の二人。
その顔を見た瞬間――
遥香の呼吸が止まった。
(……れ……
蓮斗……?)
胸の奥で、
忘れていた記憶が一気に溢れ出す。
「……嘘……
なんで……忘れてたの……」
涙が頬を伝う。
幼い日の笑い声。
夏祭りで繋いだ手の温度。
「また明日な、遥香」
そう言って笑った横顔。
全部、全部――
蓮斗だった。
遥香はアルバムを抱きしめ、
声を殺して泣いた。
(どうして……
どうして忘れちゃったの……
あんなに大切だったのに……)
でもその涙は、
悲しみだけじゃなかった。
胸の奥に、
あの日のぬくもりが確かに戻ってきていた。
1/1/2026, 10:01:41 AM