ハイル

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【優しくしないで】

『知らない人に優しくしないで!』

 最近、そんなチラシをよく目にするようになった。真っ黒い人影と子どもが描かれたイラスト付きだ。人影には真っ白の釣り上がった眼と口がついており、そいつから子どもが泣きながら逃げている。少し稚拙な部分があり、おそらく近くの小学校の生徒が描いたものだろう。
 私が住む✕✕町はさほど栄えた場所ではなかったが、それでもここまで排他的な考え方はしていなかったはずだ。
 余所者に優しくするな、なんて随分昔の閉鎖的な村社会でもしていたか怪しいのではないか。最近読んだ和風テイストのホラー小説くらいでしか見たことがない。
 そんな私の興味をそそるチラシは、町の至るところに貼られていた。駅に隣接した人のいない商店街であったり、そこら辺の電信柱であったり、あるいは人が去った廃墟の壁であったり。住居にひっそりと蔓延る害虫のように、それは数を増やしていた。

 とある日の仕事の帰路、私は道端にうずくまる女を見かけた。
 女は電信柱のすぐ下で、顔を掌で覆い隠しながらゆらゆらと揺れている。淡い藤色のワンピースと、その上から羽織っている白のカーディガンが電灯に照らされていた。
 初め、不審者か、とも思ったが、こんな夜更けに女性を一人で放っておけるはずもなく、私はそっと近づいて声をかけた。

「お姉さん、大丈夫ですか」

 依然、女はゆらゆらと体を前後に揺らしている。まるでその女性自らがゆりかごを模しているかのようなその光景はいやに奇怪に見え、声をかけたことに後悔した。
 私はおそるおそる、もう一度尋ねる。

「……お姉さん、どうされました。大丈夫ですか」

 その瞬間、女がピタッと動くのをやめる。
 ギギ、と軋む音が鳴りそうな動作で首を傾けて、私にその素顔を晒した。
 黒目の見当たらない真っ白な眼球そのものと、耳のあたりまで釣り上がった大きな口で、女だと思っていたそいつはニヤニヤと笑ってこう言った。

「あなた、優しいですね」

5/2/2024, 2:00:19 PM