ミミッキュ

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"寒さが身に染みて"

 早朝の散歩。胸元にハナの体温を感じながら、いつもの道を歩いていく。自身の体温とハナの体温をジャンパーの中に内包している為、とても暖かい。だが。
「さっむ!」
 風が強く、曇り空。どんなにジャンパーの中が暖かくても、冷たい風が強く吹いている上に太陽が隠れていては寒い。
 視線を落としてハナを見ると、強風のせいで耳がピクピクと忙しなく動いている。
「毎日のルーティンだが、今日はさすがにやめよう……。ごめんな、ハナ」
 手袋をはめた手でハナの頭を撫でる。「んみぃ」と小さく鳴いて相槌を打ってきた。
──別の道を歩いたほうがいいな……。これ以上強風にあおられるのはなるべく避けたい。
 来た道から少し外れて、医院へと歩みを進める。
 歩いてきた距離は、医院から出て七分くらい。
 外に出た時から強風が吹いていたが、次第に止むか弱まるだろうと考えていたが、全く止む気配も弱まる気配も無い。ここまで歩いた自分の考えの甘さに苛立ちを感じて、小さく舌打ちをする。
 風避けの為になるべく塀に寄りながら歩いていると、数メートル先に自動販売機が見えた。
──助かった……。
 早足で自動販売機に近付き、ラインナップを見る。一番上の段の【HOT】と書かれた枠の中にブラックコーヒーを見つけ、ポケットから財布を取り出して小銭を投入口に入れる。ボタンに光が灯ったのを確認すると、ホットのブラックコーヒーのボタンを押す。ガコン、という音を聞いてしゃがみ、取り出し口に手を伸ばして、出てきたブラックコーヒーを取り出して立ち上がる。
 手袋ごしでも分かる程に温かく、手袋を身に付けてても冷たい強風で冷え切っていた片手によく染みる温かさだ。
 そーっと頬に当てる。手以上に冷え切った頬にはとても高温で、ゆっくり当てたにも関わらず「あつっ」と思わず声を出してしまった。けれどものの数秒で慣れて、缶コーヒーの温かさに冷え切っていた頬がほぐれていく。
 少し移動してしゃがみ、塀を背に預けると手袋を取って両手で缶コーヒーを持つ。ハナの身体を持っていた手にもその温かさは染みて、ほぅ、と息を吐く。
 プルタブに指をかけて力を入れる。ぷしゅ、と音を立てて開き、口を付けて中のブラックコーヒーを一口飲む。コーヒーの温かさが身体の芯まで染み渡って寒さに震えていた身体が落ち着き、苦味が脳をスッキリさせてくれる。
 すると缶コーヒーに興味があるのか、ハナが前足をジャンパーから出して伸ばしてきた。缶コーヒーを口から離して、ハナから遠ざけるように頭上に掲げる。
「これは駄目だ」
 猫にカフェインなど言語道断。絶対に駄目。近付けてはいけない。
 そもそも動物にカフェインは危険だ。カフェインは、一日の摂取量によるが人間にすら危険なのだ。調べなくとも動物に与えてはならない物なのは分かる。
「みゃーあーっ」
 大きな鳴き声を上げて抗議してくる。遠ざけてもやはり無駄なようだ。
 こいつは、一度興味を持ったものには飽きるまでとことん喰らいつく。まるでスッポンだ。
 空いている片手でハナの首根っこを掴む。鳴くのを止めて前足を引っ込めた。
「これはお前には危険な物なんだ。危ねぇやつ。だからどんなに鳴き喚いても駄目なものは駄目」
 掴んでいた手を離すと、正面を向いて後頭部を見せてきた。どうやら、興味の対象を取り上げられて拗ねてしまったようだ。ご機嫌取りにハナの頭を撫でる。
「悪い、言いすぎた」
 掲げていた手を下ろして、今度はハナの顎の下を指で掻くように撫でる。すると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。手を離すと「みゃあ〜」と気持ち良さそうな声で鳴いた。
 片手でハナの身体を自身と密着させるように支えて再び缶コーヒーに口を付けてブラックコーヒーを、ごくり、と喉を鳴らしてゆっくり嚥下する。早く帰る為に口を付けたままもう一口飲む。飲んでいる間にもハナの頭を撫でる。
「全く……。本当に困った奴だな、お前」
 ほくそ笑みながら言うと「みゃあ」と鳴いた。その声を聞くと、再び口を付けて残りのブラックコーヒーを飲む。
 飲み干すと立ち上がって、自動販売機の横に設置された空き缶入れに空となった缶コーヒーを入れて、再び医院への帰路に着いた。

1/11/2024, 1:59:12 PM