濃いブラウンのバーカウンター。
片側のコーナー部分は丸くカットされており木目調のデザインが光沢を放っている。
このバーカウンターは、シラギが自宅の隅に設置したもので、せいぜい2人、もしくは3人が横並びに座るのが限度の小さめのサイズのものだった。
シラギが立つ後ろの壁には、趣味で集めた酒が綺麗に整頓されていて、遊びに来た友人に振る舞ったり、時には自分で楽しんだりもしている。
「でもさ、なんだかこう...うまく逃げ道を作られてるような気がしてさ」
シラギの正面に座りカクテルが入ったグラスを上から下へとつぅっと人差し指でなぞりながら、ふぅと一つ溜め息をついてモモセはそう言った。
「ズルいよなぁ、なんか。別れの際に、愛してるなんてさ」
俺何も言い返せなかったよ、とバーカウンターに突っ伏してモモセが呟いた。
確かに、とシラギはそんなモモセを見ながら思った。
愛しているけど一緒にはいられない、と言われ別れを告げられたらしい。そんな都合のいい文言を言う女だ。きっと他所に男がいるのだろう。そして今までもそうやって男女関係を終わらせてこれからもそうして続けていくのであろう。
「まぁ、そんな女だったってことじゃない?」
到底慰めにはならない言葉がシラギの口から紡いで出た。
「まぁ、そう思うしかないというかなんというか…」
モモセはすっかり酒が回ったのか目が虚だ。
そしてはぁ、と大きなため息をつき、愛してたのにな、とボソリと呟いた。
愛というのは不思議だ。人は愛という言葉にひどく惑わされて生きているように思う。
何が愛なのかは分からないままに、いつからかそれを知った気で生きている。そしてまた、誰かに愛を求め、そして与えようとする。
それはシラギ自身も同じで、目の前のこの男に、もう随分前から愛を奪われているのだ。
”愛している“
シラギはその言葉を、カクテルグラスを傾けてグッと飲み込んだ。
窓の外を見やれば、冬の夜の冷たさが闇に溶け込んでいる。
遠くに見えるネオンの極彩色が、ひどくうるさく感じた。
2/24/2024, 5:20:00 AM