つけまゆげ

Open App

暑い日が続いていた。辰巳は2Lのペットボトルを逆さにして、中に入っていたスポーツドリンクを最後の一滴まで喉に流し込んだ。

現場仕事は撤収が早いぶん仕事を始めるのも早い。だが、最近の夏は朝から夜まで一日中ずっと暑いままだな、と辰巳は日陰で休憩をとりながら思った。

日干しになったミミズが土の上で伸びている。土が温まってしまったために地上へ出てきたものの、外はもっと暑い。殺人的な日差しにあっという間に体内の水分を取られ、そのまま干からびたのだ。辰巳は少し同情した。

自分も若いときはそうだった。ままならない環境やうまくいかない人生に苛立ち、故郷を飛び出して都会でその日暮らしのような仕事を転々とした。
ここを出たら前よりはマシだろう、そういう希望を抱いて様々な場所へ、界隈へと飛び込んだが、結局どこも似たりよったりで、孤独と持て余した苛立ちは募るばかりだった。
あの頃から考えれば、今の自分はなんとも平穏な生活ではないか、と辰巳は思った。

タバコも金がかさむからやめたし、酒もほどほどにしか飲まない。パチンコにすら長らく行っていない。心身ともにそこそこ健全で健康な暮らしをしている。
あの頃から考えれば。

ある日、なけなしの金で飲んだ帰りにそのへんのヤンキー崩れのような輩数人に絡まれ、近くの路上で小競り合いになった。
当然、多勢に無勢で一人きりの辰巳は彼らに殴られ蹴られてアスファルトの上で横になることになった。
路上で伸びているミミズよろしく、辰巳は電信柱に背をもたせかけて、吐き気と痛みをやり過ごしていた。

「あの。大丈夫ですか?」
そう声をかけてきたやつがいた。ヤンキー崩れに絡まれたとはいえ、そのヤンキー崩れたちよりチンピラ風情のある格好をして倒れていた酔っぱらいに声をかけてきた女がいた…。


ピリリリ、と携帯が鳴り、辰巳は物思いから現実へと引き戻される。
発信は梨花からだった。
「瑞希が熱を出しちゃったのよ。大したことはないと思うけど。今日はどれくらいで帰れる?」
「ああ…、わかった。今日は昨日よりは早くなると思う。あとでもう一回連絡するよ。」

答えて別れを告げ、電話を切った。
まさか自分のような人間がこんな暮らしができるとは思いもしなかったな、と考えた。
もう一度地面に目をやると、ミミズの姿はもうなかった。どうやら、完全に死んではいなかったようで、どこかへ這って逃げたらしい。

俺もまだここが終点じゃないな。
ペットボトルをカバンに投げ入れ、辰巳は仕事に戻っていった。

8/10/2023, 1:40:42 PM