Open App

花咲いて

 彼は名前に花がつくのに、驚くほど花が似合わない人だった。適当に切り揃えられた白髪混じりの頭。年相応に皺がある顔。私と話す時の言葉選びも、同級生も教師もしないようなもので、大人としか関わってこなかったんだなと思った。子供のときも含めて。なにより眉間に皺が寄っていた。清潔感は大事にしているのだろうが、子供受けする人相ではない。
 でもそんな彼が笑う顔が好きだった。眉間の皺が和らいで、目尻を下げて口角が上がる。意外に子供っぽい表情をするんだなと少しだけ感動した覚えがある。声はどこかゆったりして柔らかい雰囲気があった。精神科医故のものかもしれない。
 私はふと窓を見る。もう暗いし、病院はまだ消灯時間じゃないからうっすらとしか見えなかったけれど、入院したころには鮮やかに咲いていた紫陽花が茶色く痩せ細っていた。そういえば、紫陽花が枯れる様子を『しがみつく』と表現することもあるらしい。
 さて、話は変わるけれど私は明日死のうと思う。最期に彼を巻き込んで。

 冥土の土産には、枯れた紫陽花を持っていこう。
彼に相応しいのはこの花だ。

7/23/2023, 10:41:16 AM