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“また明日”

どうしても眠れない夜がある。
例えばイライラしたり、明日が心配だったりで眠れないことがないとは言い切れないが、特に何もないはずなのにどうしても眠りたくなくなるのだ。

少し前まではジョギングしに外へ出たり、適当に映画を見たりして時間を潰していたのだが、その適当に見ていた映画の中で俺と同じ様に眠れない夜を持て余していた男が夜空を眺めながら歌を作るというシーンがあった。
今はそれを真似てベランダに出て星を眺めながらひっそり歌うことにしている。
流石に作曲の技術はないから、ただ覚えてる歌を適当に口ずさむだけだがこれが案外落ち着くのだ。
月明かりと、遠くにぼんやり光る街灯の明かりが照らす夜の街は寂しくて、まるで世界に俺一人になってしまったような気分になることもあったが、いつの間にかこんな夜を共に過ごす人間ができた。
といってもあちらは俺が気づいていることにまだ気づいていないのだろうが。

隣の部屋にすむヤツがいつの間にやら黙って俺の鼻歌を聴いていることに気がついたのは1ヶ月くらい前だっただろうか。
ベランダの仕切りのせいでわかりにくいが、俺が気持ちよく歌っていると隣のカーテンが揺れることが増えた。

最初はうるさいとクレームの一つでも言われるのかと思ったが、そいつはしばらくカーテンを揺らしても窓を開ける気配はないし、翌日顔を合わせてもいつも通りだった。つまりただ俺にバレないように俺の歌を聴いているだけなのだ。
隣通しに住んでいながら顔を合わせれば瞬間に口喧嘩を始める様な文字通りの犬猿の仲であるはずのヤツのそんな不思議な一面を俺は案外気に入っている。


今日もしばらく揺れていたカーテンは少し前にきっちりと閉められて動かなくなった。
ヤツは眠ったんだろうか。俺の歌を子守歌にして眠るアイツの姿を想像するとなんだか眠くなってきた。
俺もそろそろ眠れそうだ。

明日もし顔を合わせたら、そしたら言ってみようか。
バレてるぞって。そしたらアイツはどんな顔でどんな言い訳をするんだろうか。明日が楽しみだ。


……また明日。

5/22/2024, 6:31:43 PM