「夢の断片」
幾らか、ふわふわとした気分だった。
いつからここにいるのか、そもそも自分が誰なのか、はっきりと思い出せない。
存在という重さは感じるのに、なにも分からない。そこにいるのが自分なのか、何なのか。なにも聞こえない。なにも、感じない。
だが、それでも、別に良かった。むしろ、それで良かった。その心地はどこか浮わついて地につかない。闇雲のようでいて、それは微睡みのように優しさを携えている。
──ああ、きっと、自分は何者でもない。
そう思って、軛から解き放たれた。なにもない、なにも始まらないこの世界を、自分一人で闊歩して。
幸せだった。自分が自分でない感覚。その世界が自分のものだという、自分だけのものだという、所有感のような高慢さ。
自分が何をしても怒られることはない。咎められることはない。その自由さが、幸せだった。
ガタリ、と体が揺れる。その感覚で、ふと、自分が誰なのか、どこにいるのか思い出した。
電車の中、帰り道。平日の最終日、夜間電車。
ああ、そうか、と未だ不明瞭な頭で理解する。どうやら自分の体は、電車の中で眠りについていてしまったらしい。嫌に抑揚のついたアナウンスが耳慣れない地名を吐いた。
ゆるりとした風が吹き、前髪が流れるのを感じながら、意識はまたうつらうつらと不鮮明な世界へ染まっていく。
やはり、心地良くて手放しがたい。現実世界にいるようでいないような、存在が確固としないこの感覚。
そんな本能に近い欲動を、ほんの僅かに残る理性が抑止しようと、これ以上は寝ていられないとするように、僕はぼんやりと目を開けた。目を刺すような光が視界を覆って。思わず目を瞑る。
痛かった。活動を始めたばかりの脳では、処理しきれないような情報。外界と自分とを定義付ける全てが痛みとして襲いかかる。
それでも、どうにかその痛みに耐え、もう一度細く目を開ける。人間としての理性か、或いは自分という存在の定義が定まった今、視覚の情報以上に聴覚、触覚などの感覚が正しさを増す。五感全てが感覚として戻ってくる。自分の要素全てが降りしきり、自分を自分足らしめていく。
ぼんやりとした頭を振り払い、まだ少し揺れる視界を瞬かせた。怠い体を伸ばし、大きく息を吸う。
周りには誰もいない。否、当たり前のことだった。外で月や星が綺麗に見えるような時間帯であるし、先程聞いたアナウンスはもうすぐ終点間際の駅。こんな時間に、こんなところに誰もいるはずがない。
誰もいないのを良いことにして、僕はシートに寝転がった。いけないことだ、とは思う。でも、どうにも気力が湧かない。腕を額に乗せて、体で電車の揺れを感じた。
いつもと違う世界。来たこともないような場所で、人間らしくもない。先程まで見ていた幸福が嘘みたいだ。見ていたものなんて、疾うに忘れてしまったけれど。
夢なんて、空虚なものだ、とふと感じた。なにかを思ったわけではない。心のうちが言葉で表せないものでいっぱいになって零れたような、無意識的な考えに過ぎないもので。
天井の蛍光灯が酷いほどに明るく眩しい。どうしても直視できず、目を逸らしつつも、それを感じてしまう矛盾のような現実。
夢も同じようなものだから、だろうか。どうとにも捉えられない、理論の破綻した世界。正しさを自分においた、絶対的な意味のないもの。持ち帰るものもなく、ただ記憶として残っていくだけ。
だが、そこには綺麗な浮遊感がある。人間以外の動物は絶えず感じているであろう、自らとそれ以外の境界が曖昧なあの感覚。あれは、人間が一介の動物であったときの名残であり、それ自体が動物であることの証明だ。
ふぅ、と小さくため息をついた。ああ、何を見ていたのだろうか。こんな短期間で忘れてしまうほどにどうでも良くて、それでいて思い出したいと思う葛藤。夢の断片はつかんでいるはずなのに、その先はいつまでも朧だ。
人間以外の動物は夢を見るのか。まだ上手く働かない頭で必死と考える。なんのディティールもなく、正当性もなく。そういえば、どこかの記事で、実際に見るらしい、ということが書いてあったか。
だが、それは曖昧なものだ。人間のような夢じゃない。確固とした自我を持たない動物が、それを持つ人間と同じ感覚のわけがない。『記憶の整理』を目的とした夢を見る、というのがことの顛末だろう。それを仰々しく書き入れているだけだ。
いっそのこと、動物になってしまえば。時間に捕らわれて、社会に固執して生きる人間を、辞められたなら。こんな夢に心を寄せることも、無いのだろうか。なにも始まらない、終わらない。そんな世界を延々と感じられる彼らを羨むことも、無くなるのか?
わかっている。そんなことなんて、ありはしないだろう。起こるはずもない。解っているんだ。
人間が自我を手に入れたその瞬間から、人間は他の動物とは異なる世界を生きている。生命とは体内に独立した循環系を持つ物質であるはずなのに、その物質であるという根源を否定した存在。だから、わかりあえるはずもない。交われるはずもないのだ。
「でも、そんなの空想の理論でしかない」と一蹴できたらどれだけ良かったか。人間が自我を持っているが故に、それを否定することができない。他の動物とは違うのだと、社会的に、文化的にそういう思想を植え付けられてきたからこそ、自分は孤独だった。
いつの間にか、電車の速度が緩やかになって。人間味を帯びた機械放送が最終地点を指し示す。もう、これすらも終わりだ。倦怠感の残る体を起こし、シートに座り直した。
プシュゥと気の抜けた音と共に乗り降り口が開く。終点、終点と降りるように急ぐ声が改札口に木霊する。僕はゆっくりと、電車と線路、乗り口にある隙間をまたぐ。まるで境界線のようなそれを越えるように、一歩、また一歩と踏み出した。気圧の差からか、吹く鋭い風が頬を切るようで、肺が苦しい。
階段を一つづつ丁寧に登った。脚にかかる自分の体重が重い。最近使っていなかったアキレス腱がキシリと不安な違和感を訴える。
駅のホームを出た。人情の欠片もない街灯の明かりが自分を照らし、影が落ちる。外気の冷たさが頬を刺す。けれども、寒いとは思わなかった。
ああ、こんなにも遅くなってしまった、とどこか他人事のように思う。それもこれも自分のせいなのだけれど。今日中に帰路に着くことはできるだろうか。
けれど、どこか満足感もあった。悲しい嫌悪感と安堵感。まるで諦めのようなそれは、どこか自分を快いものにしていた。
そう、光のない暗い世界すら、綺麗に見えたのは、きっとそのせいなのだ。
11/22/2025, 6:27:55 AM