お題 こぼれたアイスクリーム
カップにすればよかった。
コーンの端からゆっくりと下へ伝っていくミルクの筋を眺めながら、手につく前で唇を寄せた。危うく鼻先にも付きそうだったので、慌てて距離を取る。そして、スプーンを貰えばよかったとため息をつきながら、綺麗に巻かれていたはずの、その頂点にかぶりつく。ん、冷たくて甘い。ミルクの味が濃くて、そりゃ早く溶けるよなぁと、もう一口含んでから目の前の風景を見つめた。
ひたすらだだっ広い田んぼと、細い灰色の道と、その奥に木々と鉄塔。まさにど田舎。住めば都になるのだろうかと、一時間に一本しかないバス停の色褪せたベンチで、そんなことを思う。
あ、また、端から垂れている。持ち手に生ぬるさを感じて、慌てて回転させる。舌先を巻きに合わせてぐっと力を入れ、溝を作った。ついでにその上も垂れそうだったのでさらりと舐めとる。
暇だという理由から、バスを乗り継いで行ったことのない場所へ辿り着いた。ここが終点までの最後の停留所らしく、帰る気になったら帰る。とりあえず遠くに行こう。まぁ財布片手で大丈夫だろうと、ぶらり旅にはあまりにも雑な出かけ方に、軽い笑が響いた。
屋根の端から覗く太陽の筋に目を細め、やばいやばいと、何本目かの筋を作り出そうとしているそれに対処し続けた。
バス停の近くにポツンと立っていたお土産屋さんで、購入した。おそらくここで採れたであろう野菜とか、お米とか、味噌とか。道の駅より狭い店内の中で、入ってすぐ、登りに目がいった。こういう時のアイスクリームは美味しいと、俺は知っている。初めてのくせに確信がある。
白の布巾を頭につけて、地味なエプロンを首からかけた、いかにもザ・おばちゃんに声をかけてミルク味をもらった。
店内もスペースがあったけど、ここは雰囲気を楽しもうとわざわざ外へ出た。
目の届く範囲に、鉄がさびれて赤茶色になったバス停を発見。ベンチも青がはげていたが、座れない程ではなかった。時刻表を眺めて、こういう所はやっぱり何時間に一本だよなと納得していた所で登頂が溶け始めた。
誰も来ない。
風も、弱い扇風機並みだ。
…………。
ふぅ。自然って、こんな感じなのか。
呟いても、当たり前に流されていく。
…………。
遠くで、先ほど俺が乗ってきたバスの音が聞こえた。
そして、砂利を踏んで近づく足音。
『おめぇ、こんな暑い日に、何しとんのや。』
皺くちゃの顔が、麦わら帽子のつばが、白のタンクトップとともに現れた。
『や、息抜きっす。バス、待ってる間で。』
あぁ〜と、しゃがれた声が聞こえ、後ろを振り返る。
違う汗が滲み始めた俺は、あの、と声をかける。
『ここもうないんさ。こーへんねんな。ただの置き場みたいになっとる。時々おめぇさんみたいな若い人くるんやが…ったく看板立てとけっちゅうに。』
ザッザッとすり足でその場から消えその人は、ぶつぶつ文句を垂れて、道の駅に似た店内へ向かっていった。
ピタッ……
音に気づいて周りを見ると、靴の間に白の滴下痕があった。
コーンのしたからまた、ミルク色が滴り落ちた。
8/12/2025, 5:37:09 AM