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大切なもの


少しグロいし悪趣味なので苦手な方は読まないでください。
心中後の死体と生首の話です。






崖下に二つの落下死体がある。
女が一人それに向かって歩いていく。切り立った崖の上を見上げ、ゴツゴツと突き出た岩を眺め、損傷の激しい死体を見下ろす。
手足は捻じ切れ、胴体は二つあるのに頭が一つ足りない。
女は死体の近くの岩に座り、運んできた正方形の箱を膝の上に置いた。
「まだ家の人には見つかっていなかったよ」
箱に囁く。

箱の蓋を外すと目を見開いた少年の生首が姿を現した。
食い入るように二つの死体を見つめている。
「彼女が本当に死んでいるのか確認させてください」
震える掠れ声で女に頼む。
女は箱を岩に置いて、頭部がついている方の死体に近寄った。
「間違いなく死んでいるよ。君を拾ったときにはもう死んでたけどね。どうする、君もここで死に直す? 心中だったんだろ、初志貫徹するかい?」
彼は答えない。
飛び降りて重傷を負ったものの死にきれず、激痛と死の恐怖の中で二晩過ごした彼にはこんな姿になってももう死を選ぶことはできなかった。
沈黙の後、箱の中でかすかに喉を詰まらせるような呼吸音がした。
少年が泣いている。
女は彼の事情を知らない。死にきれない彼を見つけて無事だった首を奪っただけだ。
捨ててきた家も心中した彼女も自分の身体さえ失って彼にはもう何もない。自分を構成するもの全てを失えばもう心の支えも守るものもない。少年は次第にしゃくりあげ、心まで失ったような声をあげて泣いた。
女は箱を覗き込むと涙でぐちゃぐちゃになった頬に手を添えて少年の首を箱から取り出した。
抱きしめて頬擦りする。
涙が彼女の頬を濡らす。声と涙、頭部の筋肉の動き、しゃくりあげ涙を流す動作。絶望と混乱と喪失感と、頭の内部で展開する彼の感情を愛情を込めてきめ細やかに感じ取っていく。今ここでそれを味わえるのは彼女だけだ。
そういうものを味わうことが彼女にとっては何よりの快楽だった。
彼には見えない頭の後ろで、花開くように彼女は歓喜と恍惚の表情で笑った。

少年が静かになった後、首をしまった箱を片手に魔女は家に帰った。
一ヶ月経っても崖下の死体は彼らの家族に発見されることはなかった。
首のない少年の身体は朽ちていった。
だが首がついている方の死体、少女の身体は少しずつ回復しある日意識を取り戻した。
彼女は不死者だった。それは彼女自身も知らない事実だった。
彼女は足元のおぼつかない歩き方だが着実に、少年の首を入れた箱と魔女が去っていった方向に進んでいった。

4/3/2024, 1:52:47 PM