Open App

「初恋の日らしいよ」

差し出された花束には雫がついていた


男の視線は落ち着きなく
手に持った花束と私の顔を行き来する

「今日の朝、ニュースで聞いてさ。
花屋の前、通っても書いてあって……
俺、花束とか買うの初めてでさ。
よく分かんなくってオススメで頼んじゃったんだけど、こういうの好きだった?」

ピンクのガーベラの後、
男に視線を移すと
その耳はガーベラよりも染まっていた

熱っぽく潤んだ瞳と目が合う
安っぽい漆黒は
らんらんと輝いていて、
私の言葉を期待しているのが透けて見える

私はこういうのが大嫌いだ
初恋とか、愛情とか、
夢みたいに綺麗なものが
本当にこの世に存在していて
かつ、自分がそれを与えたり、
享受できると信じてやまない愚かさが

私はできる限り綺麗な表情作って感謝を述べた
すると男は嬉しそうに頷き
あろうことか、
望んでもいない
私に対する自分の気持ちを吐露し始めた

その声を聞き流しながら、
私はじぃっとピンクのガーベラを見つめていた

ガーベラの中心、
黒目からほろりと
露がこぼれるのを私は見逃さなかった

5/8/2023, 7:41:40 AM