今日のテーマ
《正直》
修学旅行を数日後に控えて、クラスはいつもより落ち着かない空気が流れてる。
中学の修学旅行は感染症の真っ最中で結局中止になってしまった。
うちの中学だけじゃない。
近隣の学校――ううん、日本中の殆どの学校がそうだったんじゃないかな。
だから、私達の学年は特にこの修学旅行を、とても、とっても楽しみにしてる。
自由行動の時はどこを回ろうか。
お土産は何を買おうか。
夜の自由時間にはこっそり部屋を行き来しようね。
男子も女子も関係なく、みんながそんな風に盛り上がっている。
私もスマホを片手に情報収集に余念がない。
美味しい食べ物は逃したくないし、時間もお小遣いも無駄にはできない。
ネットでオススメのお店を見つけてはスクショとブックマークをしまくっている。
「まさかそれ全部回るつもり?」
「まさか。全部はさすがに回りきれないっしょ」
「だよな」
「正直言えば全部回りたいけど、時間もお小遣いも足りないもん」
真剣な顔でスマホを眺めながら、効率よく回るにはどうすればいいかと考える。
自由行動は班行動だから、当然同じ班の人達の意見も聞かなきゃならない。
「通り道のお店とかなら、ほんのちょっとだけ抜けさせてもらって走って追いつけば行けないかな?」
「班のみんなに言えば協力してくれるんじゃない?」
「いくら何でも私の食い倒れツアーにみんなを巻き込むのは駄目でしょ」
「食い倒れツアーレベルでチェックしてるのか」
「そこまでじゃないけど」
言いながらチェックしたお店を見せる。
もちろんこれで全部じゃない。
馬鹿正直にそんなの見せたら引かれそうだし。
これはあくまでチェックした中から絞りに絞って厳選したリストだ。
でもこれでも全部回るには時間もお金も足りないほどで。
我ながらどんだけ食い意地が張ってるのかとちょっとだけ恥ずかしくなる。
「こことここ、あとこの店はこっちにも支店ある」
「え?」
「隣の県だけど、この店とこの店も」
「え? え?」
「ここはたまにデパ地下に出展してるから地元で手に入るし、この3店は通販やってる」
「待って待って! 今メモるから!」
慌てて言われるままにリストにチェックを入れていけば、その数は半数以下にまで絞り込めた。
尊敬の眼差しで見つめると、彼は苦笑しながら肩を竦める。
「うち、母親が食い道楽でよくお取り寄せとかデパ地下とかでこういうの買うんだ。隣の県とかだと休みの日に家族で車で買いに行ったりするし。俺も何だかんだで母親譲りで食うの好きだから結構詳しいよ」
「すごい! ありがとう!」
「土産買うの、良かったら一緒に回らね? 母親情報でお薦めの店とか教えられるけど」
「いいの!? やった!!」
思わぬ天の助けに私は小躍りせんばかりに喜んだ。
彼もまた楽しそうに笑ってるところを見ると食い倒れ仲間が欲しかったのかもしれない。
頼もしい協力者を得てすっかり有頂天になってた私は、だから全く気づくことはなかった。
彼が、食べること大好きな私のためにお母さんからいろいろ情報を仕入れてくれていたことも。
彼にとっては、美味しいお土産よりも、私と一緒に買い物しに回ることの方が重要だったなんてことも。
最終日の飛行機でそんなことを告白と共に正直に打ち明けられた私が、片想いが叶って嬉しさに真っ赤になりながら頷く日がくることも。
6/3/2023, 9:07:45 AM