シオン

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 ああ、最悪の日だ、なんて思ってしまった。
 迷い子が迷いこんできたのが分かったボクは、いつもの通りこの世界の勧誘をするために接触をしようとした。
 だいたい現実世界で十五、六くらいの男子。彼はここが異世界だと分かった瞬間に『すきる』だとか『ちーと』だとか、ボクにはちょっとよく分からない単語を言い出した。分からない、そんなものはない、なんてボクが言っても聞かない。「異世界なんだから絶対あるはずだ」なんて言って一歩も譲ろうとしなかった。
 そんな問答をしているうちに演奏者くんもやって来て、二人でどうにかなだめてこの世界に留まるか、それとも帰るかみたいな話をしようとしたら迷い子くんは言ったのだ。
「つっかえねー異世界! まぁこんな冴えないお前らがいるなら当然か!」
 それで、ボクは思ってしまった。手に負えないな、って。
 そう思ったのは演奏者くんもおなじだったようで呆れたような顔で迷い子くんを見たのだ。
「本当に本当に、心の底からそう思ってるのかい?」
「そーだよ! だいたい女の方なんて『ボク』とか言ってて気持ち悪いじゃねぇか」
 迷い子くんに向かって拳が振り下ろされた。演奏者くんはニコニコ笑顔で笑っていた。まるで、何もしてないかのように。
「ってぇ⋯⋯。なんだよ!」
「いいや、別に。ただ、頭も回ってないようなお前に権力者のことをバカにされるのは少々気に食わなくてね。最悪だって気持ちが手に出てしまったかもしれない」
 当たり前のことのように演奏者くんは言うと、迷い子くんを軽々しく持ち上げた。
「え、演奏者くん」
「⋯⋯⋯⋯今回は不問ってことにしてくれるかい?」
 ボクの返事を待たずに彼は行ってしまった。
 何にも分からなかったけど、そこから二度と迷い子くんの姿を見ることはなかった。
 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯現実に返すためのピアノの演奏も聴こえなかったけれど。
 

6/6/2024, 4:52:02 PM