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【小説 入道雲】

モクモクと高々となる入道雲を見ると、
夏だなと深く実感する。
それと同時に、湿気を含んだ夏が来るなとも思い出して嫌にもなる。
「夏だねぇ。」
窓の外から見える入道雲に、先生は間延びした声で夏を祝福するように笑った。
「夏は好きですか。」
「あぁ。夏は色々なことを思い出すからね。」
紅茶を片手に口元の髭を整える先生を見やってからおかわりはいりますかと声をかける。
大丈夫だよ。と優しく微笑んだ先生を見て、僕はやっとお湯を沸かそうと用意していたポットを下ろした。
「君はどうだい?夏は好きかな。」
「…そうですね。冬よりは好きです。」
パラパラと窓から流れてきた風で捲られる本を眺めながら、先生の座る向かい側の椅子に腰をかける。
僕のその動作にいつも以上に上機嫌な先生は、楽しそうに目を細めた。
「何か?」
「いやね、君とこうやって話すのは久しぶりだなと思って。」
「そうでしょうか。たったひと月では無いですか。」
「されど、ひと月だ。」
先生の考えていることはいつも分からない。
今僕に微笑みかけている理由も、夏が好きだと笑う理由も。けれど僕は、先生に踏み込むようなことは言わない。踏み込めば最後、僕は彼を恨みきれはしないから。
「先生。入道雲の中には、大きな宝の島があるようなのです。」
「ふむ、それは面白いね。財宝が盛りだくさんだなんて、色々な人があの入道雲へ突入していきそうな話だ。」
「そうですね。」
二人でもう一度入道雲を窓から見上げた。
風で捲られていた本が最後のページにいったのを合図に、先生は小さく呟いた。

「夏が来るよ。」

6/29/2024, 1:40:58 PM