Yuno*

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【ずっとこのまま】


しつこいナンパ男から私を救い出してくれた彼は、ちょっと怒った様に無言で私の手を引きズンズンと大股で歩いていく。
私は彼に手を引かれたまま、ただ後ろ姿を見詰めているしか出来なくて。

背は平均より高い方でも、痩せ型でひょろっと手足が長く少し頼りない。そんな印象だった彼の背中が、思いの外広い事を初めて知った。
少しだけ格好良いな、なんて見直したけど、認めるのが何となく悔しい。

(何か言って)

広い背中も、いつにない無口さも、その身に纏う雰囲気も。やはり怒っているのか、その全てが普段の彼とは別人の様で。
何だか調子が狂う。

(こっち向いて)

隙だらけだった私が悪いのは判っている。これからは気を付けなきゃって反省しているから……

(お礼くらい、面と向かって言わせて)

「……キミさぁ、反省してる?」

振り向きもせず、彼は呟くように問う。

「うん」
「なら良いよ。柄にもない説教とか、僕もしたくないから」
「あの、助けてくれて有難う。それと……ゴメン」

返事の代わりに彼は握っていた手に力を込め、私もその手をそっと握り返す。その温もりは、下手な説教なんかよりもずっと、私を安心させてくれた。
ずっとこうして、ずっとこのままこの手を握っていて欲しいと。
この手を離すものかと、初めて思ったんだ。
けれどこの気持ちが、胸の痛みが……この溢れる涙が何なのか、私にはまだハッキリと解っていなかった。


『ああ……私、彼が好きだったのか』


結局その答えが見付かったのはずっとずっと後の事で、彼に二度と会えなくなってしまってからだった。
会いたくて、恋しくて、叶わぬ想いに絶望しながら、それでも彼を思わない日は今まで一日たりともなかった。それなのに―――

私はどうして、あの広い背中しかもう思い出せないのだろう。

1/12/2024, 4:22:15 PM