テリー

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パチパチと心地よい音が小さく聞こえる。
俺は火から少し目を逸らし、背伸びをして溜息を一つ吐いた。少しばかり冷たくなった夜風が、遠くから虫の音を運んでくる。すっかり日の暮れた空には、小さな煌めきが疎に見えた。
この時期特有の、冷んやりとした柔らかなヴェールのような空気が、袖口からするりと入り込む。その冷たさがこの身を強張らせ「ああ、秋が来たんだ」と実感させた。
そんな感傷的な心とは裏腹に、先程から鋭い眼差しが俺の背を捉えていた。俺は努めて無関心な振りをして、残りの作業を淡々と進めた。
決して振り返ってはならない。決して視線を合わせてはならない。何故ならば。
「あっ!こら!」
一度隙を見せれば”奴”はそれを見逃さない。軽やかな身のこなしで獲物を奪い、素早く姿を眩ませた。
木のウロにも似た奴の住処を覗き込み、俺は情けない声で呼びかける。
「さっきエサやったじゃん…」
香ばしく焼き上がった俺の夕飯—一尾298円の秋刀魚に旨そうに奴は齧り付いた。
「にゃあん」
満足気にひと鳴き。それに呼応し俺の腹もひと鳴き。
キッチンには焦げ付いた空の魚焼きグリルと、電子音をかき鳴らし炊き上がりを知らせる炊飯器。
「いや、俺の夕飯なのよそれ…」
秋も深まる夜長。菜箸と空の皿を交互に眺め、俺は深い深い溜息をつく。
粗方満足したのか、彼女の寝ぐらには無惨に食い散らかされた秋刀魚が横たわっている。恨めしそうな白い目と視線が合い、俺はまた溜息ひとつ。
その横で顔を洗いながら彼女がまたひと鳴き。その目は既に穏やかで、俺を見るとゴロゴロと喉を鳴らしゆっくりと瞬きした。

≪鋭い眼差し≫

10/16/2024, 6:53:51 AM