シシー

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 ――ほろ苦いのが丁度いいね

 甘いものが苦手だというあなたのためにダックワーズを作った。甘さ控えめで、片手でつまめるような、簡単だけど手が込んでいるように見えるもの。あれこれ探して見つけたレシピはあなたにピッタリなものだった。

 結構がんばって作ったのだ。要領が悪いせいで予定時間の倍はかかった。卵白と卵黄を分けるのを失敗するし、メレンゲは泡立ちが悪くて腕が攣りそうになるし、配分ミスして天板に乗り切らなくて焦るし。もうクタクタである。
 バタークリームはコーヒー味にしたけど、レシピの画像みたいにきれいに混ざらなくてインスタントの粒が残ってしまった。味は問題なかったから粗熱がとれた生地に挟んで隠しておいた。

 仕事から帰ってきたあなたは疲れた顔をしていた。
夕飯も食べる気力がないと言ったからお風呂に誘導して、その間にコーヒーとダックワーズを準備する。夕飯は食べられなくてもおやつくらいなら平気だろう。たぶん。
 わくわくしながらテレビを眺めていたら静かに戻ってきたあなたに気づかなくて、後ろから抱きつかれて心臓が飛び出るんじゃないかというくらい驚いた。くつくつと笑う声に少し腹が立った。
 あなたは机の上にあるおやつに気づいて、何のためらいもなく頬張った。不格好でおいしそうとは言えない見た目のそれをおいしいと言って褒めてくれた。それが堪らなく嬉しい。

 大きな手を握って、握り返されて

 何気ない仕草の一つに年甲斐もなくはしゃいでしまう。
どうかあと少し、この幸せな夢が覚めませんようにと願うのだ。あなたの声を、体温を、優しさも何もかも全てを忘れたくないの。




           【題:そっと包みこんで】

5/24/2025, 7:56:33 AM