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 とある国に『真実を映す魔法の鏡』がありました。
 この鏡に質問すると、どんなことでも真実を映し出すというのです。
 国民たちは『真実』を知ろうと、こぞってこの鏡の毎日やってきて質問しました。
 しかし映し出す真実は、質問するものにとって必ずしも都合のいい物ではなく、時にトラブルに発展することもありました。
 それでも人々の欲求は留まるところを知らず、毎日人が押し寄せました。

 ある日の事、この国のお妃さまが鏡の元にやってきました。
 彼女はたいそう美しく、自分の美貌に絶対の自信がありました。
 彼女は自分の美しさが世界一だと証明するべく、鏡に質問します。

「鏡よ鏡よ鏡さん。
 世界で一番美しいのはだあれ」
「それは白雪姫です」
 鏡は答えます。
 なんということでしょう。
 お妃さまの美しさは、鏡によって否定されてしまいました。
 ですがお妃さまは特に気にした様子もなく、逆に不敵な笑みを浮かべます。

「ふっ、外れよ。
 所詮は鏡ね」
「はあ!?」
 先ほどまでの丁寧な口調とは変わり、鏡は心外そうに声を荒げます。
 鏡は自分の判断に絶対の自信を持っていました。
 なのでお妃さまの『外れ』という発言は、彼の名誉をとても傷付けたのです。

「お妃様、それは侮辱というもの。
 私は真実を映す鏡。
 偽りなど映しません」
「ならばそれが鏡の限界よ」
 鏡の抗議に対しても、お妃さまは鼻で笑います。
 こうなると鏡は意地になり、喧嘩腰で聞き返しました。

「ではお聞きしましょう
 誰が世界一とお考えで?」
「決まっているじゃない。
 私よ」
「お妃さま、現実逃避はいけません。
 私が映し出すのは真実。
 認めるのです」
「いいえ、私が一番美しいのよ!
 おーっほっほっほ」

 突然目の前で笑い始めたお妃さまに、鏡は動揺します。
 いままでいろんな人間が鏡の元へやって、答えを聞いてから態度が変わることは何度も見てきました……
 しかし目の前のお妃さまのように、ここまで豹変するのは初めてでした。

「お妃さま、ご乱心ですか!?
 深呼吸してください」
「鏡よ鏡よ鏡さん。
 気にする必要はないわ。
 もうすぐその真実を映す鏡に、きっと私が映るだろうから」
「何を言って――まさか!?
 白雪姫を殺すつもりですか!?
 早く知らせないと」
「もう遅いわ。
 既に刺客は送ったの。
 後は報告を聞くだけよ」
「馬鹿な……」
「ふふふ、結果が待ち遠しいわ。
 早く私が世界一にならないかしら……」
「それは無理ね。
 失敗したもの」
「何奴!?」
 お妃さまが振り返ると、そこにはたいそう美しい少女が立っていました。
 白雪姫でした。

「貴様は白雪姫!
 なぜここに」
「全て、刺客の彼から聞きました」
「ふん、買収したか」
「いいえ、彼が自分から話してくれたのです」
「……やつにも人の心があったと言う事か」

 お妃さまは苦虫をつぶしたような顔をします。
 当然です。
 計画が全て水泡に帰したのですから。
 白雪姫は、そんなお妃さまに手を差し伸べます。

「もうやめましょう、お母様。
 これ以上は無意味です」
「ええい、白雪姫!
 私を母と呼ぶな」
「いたっ」
 白雪姫は、お妃さまの手を取ろうとして、しかし手を振り払われます。
 白雪姫は悲しそうな顔をしますが一瞬の事、すぐに決意をにじませる表情になります。

「全て聞いたのです、お母さま・
 全てを、です。
 お母さまが、政敵から私を守るため、私を信頼できる家に預けた事。
 しかし、真実の鏡によって、私の存在が明るみに出てまった。
 そこで、私の死を偽装することで、再び私を守ろうとしてくれたのですね」
「ええい、黙れ黙れ黙れ。
 そんな事何一つとして真実ではない。
 命乞いしても無駄よ」
「お母さま、もういいのです。
 私は、白雪姫は、もう守られるだけの存在ではないのです」
「白雪姫……」
「こう見えても私、格闘技をたしなんでおりますの。
 逆にお母さまの身を守って差し上げますわ」
 白雪姫は、もう一度お妃さまの手を取ります。
 お妃さまは、今度は手を振り払う事はしませんでした。

「白雪姫、こんなに立派になって……
 まだ子供だと思てちたけど、しばらく会わないうちに、大きく……」
「お母さま、泣かない下さい。
 そのお綺麗な顔が台無しですわ」
「ふふふ、そうね。
 娘が会いに来たもの、笑わないとね」
「そうです。
 お母さまは、笑った顔が一番です!」
 険悪だったムードもは、そこにない。
 二人の和やかな雰囲気で、見た誰もが自然と笑顔になる光景だった。
 それは鏡ですら例外ではなかった。

「なるほど……
 たしかに私が間違っていたようですね……」
 その様子を見ていた鏡が、感慨深そうに独り言を言います。
「世界で一番美しい物……
 それは親子の絆!」
 そう呟くと、鏡に映っていた白雪姫の姿が消え、今度はお妃さまと白雪姫が手を繋いだ姿が映し出されます。

「お妃さまの言う通りでした。
 私は、思いあがっておりました。
 今までの無礼な態度をお許しください」
「許しましょう、鏡よ。
 自分の間違いを認めるあなたは、何より美しい」
「ありがとうございます」

 こうして、白雪姫を巡る一連の騒動は終わり、王国にはまた平和が訪れ――


「それはそうとして、鏡さん。
 あなたを割らせていただきます」
「へ?」
「もともとの発端は、隠していた白雪姫の姿を、あなたが映したからよ」
「え、でも、私嘘は付けませんし……
 仲直り出来ましたし……」
「それ以外の理由もあります。
 あなたが無節操に真実を映すものだから、国民の間でトラブルがたくさん起こったわ」
「それは私のせいでは……」
「いいえ、隠しているというのは、それなりの理由があるもの……
 それを考慮せず、誰もかれもに真実を暴き出し、この国を混乱させた罪は重い!」
「ひ、ひええ、お助け」
「ごめんなさいね。
 私たちにはまだ、『真実』は扱いきれないの」
 

 こうして世を乱す『真実を映す魔法の鏡』は割られました。
 そしてこの国に、真の平和が訪れたのでした。
 めでたしめでたし。

8/19/2024, 12:58:20 PM