噛まれゐぬ

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「私も悠くんのこと好きなんだけど」
いつもの遊歩道の上、奏にそう告げられ私は奏をただ見つめることしかできなかった。
終わった。

奏とは小学生のころから仲が良い。いわゆる親友ってやつ。家が近いのもあって毎日一緒に登校して時間が合えば一緒に下校している。
10年近く一緒にいれば自分の秘密やら悩みやら、それこそ恋愛相談なんかを包み隠さず口にできるようになる。
誰が好きとかこうしたいとかそんなことを相談してはアドバイスしあったりして、お互いに信頼しきっている。
故に、私達が育んだ友情は何よりも強靭なものだとも信じきっていた。

それがこうなるなんて。
「…え、あ、そう…なの?」
「ガチガチ。…ていうか、香織こそそうなの?」
「え、まぁ…うん」
気まずい。
奏から目を逸らし、靴のつま先を見つめる。
今まで一度もこんなことにはならなかった。
どれだけ好きな人ができても奏とは絶対被らない。むしろそんな試しがなかったから被るなんて考えもしなかった。
不測の事態に俯いたままでいると、奏が口を開いた。
「なんか、香織が悠くん好きなの、意外」
「…そう?結構話す、し…優しいし…」
「へー。ていうか最悪、なんだけど」
「え、…ああ、なんか、ごめん」
「いや香織が謝ることじゃないし」
そう言って奏は前を向いて歩き始める。
コツコツと靴の音が夕焼けに響いた。
私も奏について行こうと一歩踏み出して、やめた。
奏の背中はどんどん小さくなっていく。
歩道に降りる階段の前で一瞬こちらを見た。
表情まではわからないが、気まずいような空気が視線を包み込んだ。
かと思いきや、ぱっと目を逸らして奏は階段を降りてゆく。
ただ1人取り残された私は、夕日の明るい光を身に映していた。
夕焼けよ、助けてくれ。
愛を手に入れるか、友との平和を手に入れるか、はたまたどちらも失うか。
愛と平和の選択なんて、私には難しすぎる。



【愛と平和】

3/10/2024, 4:54:49 PM