ドルニエ

Open App

 本当にお前弱いな。そう目の前で余裕を見せるひとが嗤う。ここに来てからどのくらい経ったか、すでに数本のボトルが開けられたことだけは憶えているが、それらのうちどのくらいを俺が飲んだか、目の間のひとが飲んだかなどという野暮なことなどは考えたこともない。ないが、どう考えてもこのひとのほうが飲んでいるのだ。だというのに。
「ぅあ、ん」
 頭がぐらぐらする。もうあとどのくらい意識を保っていられるか。
「とはいえ最初はほんの数杯で潰れていたからな。年季の差というやつか」
 どやどやとした酒場の雑音も、奏でられている少々くたびれたバイオリンの音も、もうあまり耳に入らない。聞こえるのはフォークやナイフが皿に当たる音やグラス同士の触れあう音、そして目の前のひとのくすぐったい声ばかり。
「私を酔いつぶしてみたいとは思わないか?」
「それは、無理ですよ。旅団でも最強じゃないですか。僕なんか――」
 舌が思うように回らない。この言葉だって、相手にスムースに伝わったかどうか。
「そう思ってると一生無理だぞ?私を背負ってみたいと思わないのか?」
「それは、」
 何度俺はこのひとに担がれて宿に戻ったのだろう。そのたびにきっとこのひとは呆れ顔で宿の人に話をつけ、薬師を呼んで俺を押しつけ、それでも投げだすことなく懲りることもなく飲みに誘ってくれるのだ。
 だから並ぶことは無理でも自分で歩いて帰れるくらいになれればと思うのだが、高望みをするならば酔っ払い同士、肩を組んで歩いて、このひとの熱を感じてみたいと思うのだが、ペースを考えても、セーブをしても、このひとが満足するまで一緒に飲み続けることはいまだにできない。酔いつぶれないときは決まってその「あと」があるときだけだ。当然このひとが酔うには至らない。宿に入ってことが済んでから飲みなおすのを眺めるのが常で。起きたときに酒の臭いを漂わせるこのひとを隣で見ながら、ほんの少しふがいなさを感じてしまうのだ。
「ふ、が――」
 もう限界だ。耳鳴りがひどくなって視界が歪む。いろんな音がどの方向から聞こえているのか分からなくなってくる。
「ヴィオラさん」
 もう、力尽きる寸前だ。だから最後にひと言だけ。
「『――、――――』」
 思いの丈をぶつけ終える。
 ああ、今日は仰向けに倒れるんだな。
 それだけが分かる。
「まったく。相手が私でなければ頭を打っているところなんだぞ」
「――」
 口の中だけで応え、俺はにへらと笑う。
 それを最後に。
 酒臭い息とそれほど火照っていない腕の中で。
 酔いのもたらす嵐のような感覚の乱れに俺は今日も沈んでいくのだった。

1/13/2025, 12:24:07 PM