白糸馨月

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お題『神様が舞い降りてきて、こう言った』

「今から競馬場へ行って、七番の馬に賭けるのじゃ」

 思わず「はぁ?」という声が出る。たしかに昨日の夜寝る前に『なんか神龍とか、ランプの魔人みたいにやつが現れて俺をこの生活から抜け出させてくんねぇかな』とふと思ったけど、実際に神様が現れてギャンブルをすすめてくるとは思ってなかった。

「え、いやいや冗談でしょ?」
「冗談じゃないぞ。本当じゃ、大マジなのじゃ」

 神様、否、雲の上に乗って浮遊しているちいさい爺さんの白いヒゲの向こうの表情は見えない。

「とりあえず服を着て、急いで今から競馬場へ行くのじゃ」
「なんだ夢か」

 んじゃ、二度寝するか。そう言って煎餅みたいにペラペラな布団に横になろうとすると、全身に電流を流された衝撃が走って思わず「ぎゃっ」とその場で立ち上がった。

「えっ、えっ!?」
「これで夢じゃないことが分かったじゃろ? ほら、行くぞ」

 そう言って、自称神様のジジイは壁をすり抜けて外へ出て行く。俺はテキトーに床に落ちてた服を手にとって外を出歩けるレベルの格好で後を追った。


 七番の馬の倍率は高かった。百倍だ。うさんくさいジジイの言ってることは当たっているのだろう。だが、

「競馬にそんなに金かけたくないし、百円でいいだろ」

 そう呟いた瞬間、また電流が走る。

「いてぇっ、なにす……」
「百円ではなく、百万円かけるのじゃ」
「は? ジジイ正気かよ。俺を一文なしにする気か、ふざけんな」

 また電流が走る。それどころか、勝手に足が動く、俺の意思とは無関係に目の前に銀行のATMが見えている。

「わしの言う事を信じよ。わしは神ぞ?」
「クソッ、外れたら一生呪ってやるからな!」
「ホッホッホッ、そうはならんから安心してよいぞ」

 チィッ、と舌打ちしながら、体が勝手に動いて、結局百万円おろしてしまった。


 結局、七番の馬に百万円をかけちまった。思った通り、あまり人気がなかった。まわりの歓声も、ヒゲの向こうの表情が見えない疫病神も、今はどうだっていい。
 俺の人生はもう、終わったに等しいから。
 絶望的な感情に支配されている中、号砲が鳴り、馬の足音が聞こえる。深くため息をついていると、耳を疑う実況が耳に入ってきた。

「おおっとここで七番、ラッキーストライク! ラッキーストライクが上がってきたぁ!」

 顔を上げざるをえなくなる。握る拳に力が入る。俺がかけた白い馬は、後半にさしかかると徐々にギアをあげてきて、ついに先頭を走る馬にせまってきた。

「いけ……、いけ……」

 奥歯をかみしめながら俺の人生を乗せたラッキーストライクの動向を見守る。白い馬は騎手にムチで体を叩かれると上がってきて、ついに先頭の馬を抜き去った!

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 俺は立ち上がって拳を振り上げる。白馬は抜き去った後、その後も速度を緩めることなく、二馬身差をつけてゴールした。
 かけた百万の百倍だから、俺が貰える金額は一億になる。

「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!」

 と歓声をあげた後、ふと、俺は神様の存在を思い出す。となりにいた神様は姿が消えかかっていた。

「よかったのぅ」
「あぁ! 疑ってすまなかったな、神様!」
「ホッホッホッ、いいんじゃ。その足で換金した後、職を探すと良い。おぬしなら、すぐに良い所が見つかるはずじゃぞ。稼ぎも潰れた会社よりずっといい所が……」
「なんだか、神様がそう言うんなら信じられる気がしてきた」
「そうかい。それじゃ、達者でな」

 神様はスゥ、とフェードアウトするように姿を消した。元手が増えたからといって、また賭けるということはしない。
 その足で競馬場を出て、専用窓口で換金して貰った後すぐに銀行へ行って、手にした戦勝金を自分の口座におさめる。
 会社が倒産してからずっと顔を上げられずに生きてきた。貯金を切り崩して生活する日々とはもうすぐおさらば出来そうだ。
 空はすでに夜になりかけていて、湧き上がる希望を胸に俺は家に帰る道を急いだ。

7/28/2024, 2:15:05 AM