136.『花束』『誰もが皆』『この場所で』
アタシはウメコ。
この梅園で、最も美しく咲き誇る梅の花よ。
人間たちは梅が大好きで、アタシの周りにたくさんの梅を植えたわ。
けど、いつだって中心にいるのは、このアタシ。
他の梅がどんなに綺麗な花を咲かせたところで、アタシの前では霞んでしまうわ。
誰もが皆、アタシにメロメロ。
人間たちはこぞって、アタシを写真に収めていくわ。
当然ね。
だってアタシ、こんなに美しいもの。
人間を魅了すること。
それは美しく生まれたものの「義務」よ。
人間をうっとりさせるたびに、アタシはとても誇らしい気持ちになれるわ。
ああ、今年も冬がやって来る。
今年もみんなを虜にしてみせるわ!
――と、思っていたのだけど……
去年の暮れ、ちょっと体調をくずしちゃって、うまく蕾が作れなかったの。
おかげで花はまばらで、色付きも今一つ。
これじゃ、人間たちを魅了するなんて到底無理だわ!
どうしよう……
でも、悩んだところでどうしようもない。
だってもう、梅の開花は始まってしまったもの……
ああ、なんてこと!
人間たちがアタシに見向きもせず、そのまま素通りをしていくわ。
しかも、他の梅の前で、うっとりため息をついているの。
なんて屈辱。
いつもなら私のものだったのに。
悔しくて情けなくて、アタシは枝を震わせてメソメソと泣いたわ。
そんな時よ。
ふと小さな人間の子供が通りかかったの。
子供はじっとアタシを見つめたわ。
……アタシが気になったのかしら?
でも今のアタシは、みすぼらしい花しか咲かせてない。
とてもじゃないけど、子供の興味を惹けるとは思えなかったわ。
案の定、男の子はそのまま走り去っていたわ。
当然ね。
子供が喜ぶのは、たくさん花を咲かせた派手な梅で、粗末なアタシはお呼びじゃないもの……
ああ、早く暖かくならないかしら。
そうすれば、花の時期が終わって、こんな惨めな気持ちにならずに済むのに。
そんな事を考えていると、さっきの子供が母親を連れて戻って来たわ。
忘れ物をしたのかしら。
そう思って眺めていると、その子供はアタシを見上げてこう言ったの。
「この梅、上の方だけ花が咲いてる。
花束みたいできれい」
アタシは雷に打たれたような、衝撃を受けたわ。
ほかの梅より少ない花しか咲かせられなかったアタシ。
そんな自分をダメダメだと思っていた。
けれど、こんなアタシでも、この子は『きれい』と言ってくれた……
アタシは、救われたような気がしたわ。
そしてこうも思ったわ。
『この子供に、なにか恩返しをしたい』って……
今のアタシに、できることは何?
必死に考えて、あることを思いついたの。
子供が記念写真を撮るために近づいた瞬間を狙って、アタシは花に力を込めた。
「わあ、いい匂い」
子供が驚いたように、アタシを見上げたわ。
そうでしようとも。
今年のアタシは、花の数も色もダメ。
けれど、香りだけは、決してほかの梅には負けたりしないわ。
「バイバイ、梅さん、またね」
手を振りながら、親と一緒に去っていく子供。
それをアタシは、名残惜しい気持ちで見送ったわ。
『あの子は来年も来るかしら?』
さっきまで抱いていた惨めな気持ちはどこへやら。
私の心は、あの子のことでいっぱいだった。
うん、決めたわ。
もし次に会った時は、綺麗な花をたくさん咲かせて、あっと驚かせてやるんだから。
それがアタシに出来る、唯一の恩返し。
見てなさい。
絶対に、あの子をアタシの虜にするんたから!
2/19/2026, 1:26:20 AM