台風が幾つか通り過ぎて、夕立の後にもアスファルトの匂いが立たなくなった。朝夕に涼しい風を感じるようになった。なのにどうしてこの部屋は、こんなにも暑い!?
「ねえ、外の気温知ってる? 二十三度だよ?」
リモコンを印籠のようにかざしてみたけど、お兄は片方の眉をぴくりと動かしただけ。
「……だから?」
あたしをチラリと見上げて、眼鏡の奥の瞳はまた液晶画面に吸い寄せられる。
「この部屋の温度設定見えてる? 二十七度! 外より暑いの!」
「そう。なら、外で寝れば?」
「やだよ、虫来るじゃん!」
ㅤそういう問題かよ、とお兄が呟く。
「電気代もかかるしさ、こんなに涼しいしさ、今日だけひとまずクーラー切ろ?」
「やだね。まだ暑い」
意に反して切れるお兄ほど面倒なものはなく、ひとまずあたしは引き下がった。毎年の攻防は始まったばかり。地道な譲歩の積み重ねののち、思い切った攻め込みが勝負を分けるのだ。要は納得させた者勝ちってことだけど。
しかし、クーラーで喉をやられかけたあたしには、あまり時間がない。
今年の兄を、例年にない速さで秋色に染め上げなくては!
『秋色』
9/19/2025, 1:15:56 PM