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失われた時間

縁側の下で、猫がにゃあと鳴く。頭を覗かせると、猫は体を思い切りに背伸びをさせ、
「わ」
顔に丸い手を置いた。私が手で砂を払っていると、猫が姿を現す。私はすぐに、辺りを素早く見渡して、ほっと息を吐いた。
「だめじゃないか。よしもなく出てきちゃあ」
猫はにゃあと言って、私の足に擦り寄り、喉を鳴らした。顎の下を撫でてやれば、「もっと」というように体を捻らせる。そういえば、この動作は横ばって、芋虫のような動きをするなと、ふと思った。

「猫さん、元気なの?」
帰り道、明美が聞いてきた。
いつも通りだよと返事を打つと、ふうんと興味の無さそうな声色を出して、石を蹴る。
「一つ、言いたいことがあるんだけど、言っても?」
「どうぞ」
「その、ね。猫の話なんだけど、その子、前からいたんだってね。まあ、それはいいんだけどね……ほら、私の叔父さんいるでしょ。ちょっと大きなホクロが頬にある叔父さん。生き物に詳しくってね、ちょっと私聞いてみた」
「待って。つまり、何が言いたいの?」
明美は、少し俯いたあと、顔を上に向ける。
「雄か雌か、確認しておいた方がいいと思う」
つまるところ、猫が私の家を住処にするのを心配していたらしく、なんともまあ、回りくどい説明を長々と受けて、私は帰路に着く。結局彼女も、私の家の前まで来て、
「あなたの親御さん、やあやあ煩いようだから、忠告みたいなもの」
と最後に言って、踵を返して帰っていった。

「おにい、あの子はどこへ?」
「見てないね……住処を変えたんじゃないの」
猫が、来なかった。いつもは、日が落ちる前に来た、あの茶色いふわふわの毛をした猫が、来なかった。
どうしても頭に突っかかって、もう一度兄へ聞いてみたが、ふうんと言うだけで、その日は結局、猫は訪れなかった。

『次の日になった。猫が帰ってくるまで、日記をつけることにした。どうせ、近くの高架下の草むらで、他の猫と喧嘩をしているんだろうけど、あの子が胸を張りながら餌を咥えている姿は、あまり期待しないでおく。』

『次の日になった。明美に猫はどうかと聞かれた。別にと言うと、明美は服に手を入れてくすぐってきた。本当に知らないと言うと、少し残念そうにしていた。今日の分の宿題が、まだ終わっていない』

『次の日になった。相変わらず猫はいない。外は少し寒くなぬて、暖かい服をする人をすれ違いざまに見かけた。猫は大丈夫だろうか。厚着をしているみたいな毛の量だから、大丈夫だと思うけど、』

『次の日になった。いつも猫、猫というけれど、両親には内緒で名前を名付けていた。書かないけど。…ちょっと後悔した。名前で呼んでおけばよかった。』

『次の日になった。どこを探しても見つからない。門限を少し過ぎたせいで、両親に叱られた。20分だけなのに。けち。』

『次の日になった。家の敷地内はどうかと思って探していると、あの子が通った痕跡を見つけた!爪で引っ掻いていたのか柵の下部がボロボロになっている。通れやすいように、少し剥がしておいた』

『あまり変化はないけど、色々試すことにする』

5/13/2024, 11:40:39 PM